(5)

「俺の職業のこともブレンさんから聞かれたんですか?」

「いや。それで? 知られてちゃまずいから僕を殺す?」

「まさか」

「まあ、ルピナスがいる前でやるのは賢明じゃないけどね」

「ええ、そうですね。それで、どこまでご存知なんですか」

 フランツは艦長の首筋に、抜き身のナイフを当てがった。手は若干震えているが、少し捻って頸動脈を刺せば、抵抗される前に致命傷を負わせることは難しくない。もちろんこれは、自分の腕前を見せるためにやっているに過ぎない。ルピナスの鋭い視線が飛んでくるが、彼女も威嚇であることは理解しているのか、口は挟まなかった。

 艦長は、変わらず眠そうな顔で笑っている。ただ、目は全く笑っておらず、青い瞳にはナイフよりも鋭い眼光が宿っていた。

 不意に思い出した。これは上司――ゴドフロア局長と同じ目つきだ。こちらが優位に立っているはずなのに、追い込まれているような気分にさせられる。

「フランツ君は僕のことを、どの程度知っている?」

「行方不明になったフラクス家の当主だったということと、帝国の皇族だろうということくらいです」

「今なら、まだ殺せるよ。は殺せって指示してこなかった?」

 嘘をついても見透かされそうだ。実際、指示は受けていないが。

「いえ。……今なら、ですか。それはつまり、あなたが番人となれば殺せなくなる、もしくは双方が番人となれば殺し合えなくなる、そういう意味ですね?」

「君は頭の回転が速いな。ただ、あと一歩足りない。自分が候補者だと僕に明かしてしまった。ま、知ってたけどね。あと、視野が少し狭い」

 酔ったせいだと認めたくはないが、彼は、所持していれば入管を通過できないはずの代物をフランツの腹部に押し当てていた。

 撃鉄が上がる音すら聞こえていなかったのだから、アルコールとは恐ろしいものだ。

「正解は、後者。つまり番人同士だと殺し合えない。いいことを教えてあげよう。番人になってから僕を殺したくなったら、ふつうの人に命じてやらせればいい。そしたら僕を殺したその人が、めでたく次の番人だ」

 フランツは眉根を寄せた。

「……何ですって? それじゃ意味がない。誰でも番人になれてしまう」

「そう、だから知られてはいけない。殺し合えないのは、単純に誰かが記憶を専有しないように、だろうね。それで部下を使って専有しようとしているクズがいるんだが」

 彼の目に激しい憎悪の色が浮かぶのを、フランツは見逃さなかった。それから、ようやく思い出してナイフを仕舞った。艦長は、いつの間にか銃を引っ込めていた。

「そのクズとやらは、すでに何人か殺しているんですか?」

「ああ。ランスの親なんかもね――君が、帝国に帰るのを手伝ってくれた子だよ。ここにも来たろう? 今はうちで元気にしてるよ」

 アルコールが回った頭の片隅に、ぼんやりとその名が引っかかっていた。そして、自分が国を追われる原因となった一件と、ようやく繋がった。帝国人の少年を脱獄させたとき、彼は覆面(ただの黒い布だったが)をしていたため、フランツは顔を見ていないのだ。

「あのアンドロイドが来た日の……あの男の子がですか?」

「そうか、君はランスの顔を見ていなかったんだね。ありがとう。君のおかけで彼は帝国に戻ってこられた」

「いえ、仕事ですから」

「君がここにいるのは、多分その件のせいだろう? すまない」

 心から申し訳なさそうに頭を下げられ、フランツは困惑した。

「いや……待ってください。腑に落ちないことがあります。なぜランス君はわざわざ王国に渡ろうとしたんですか? 命を落とす可能性があることくらい分かっていたでしょう。それに、あなたは俺が手伝ったというところまで、ご存知なんですね?」

 艦長は口の端で微笑んだ。まずい。先ほどから、彼はこちらに情報を与え続けている。酔わせて判断力を鈍らせ、情報を与えた対価として、彼が得たい情報とは一体、何だ。

「そうだ。僕は国境支部局長だから、知らないはずがないだろう? それで、なぜランスは父親から、ゴドフロア局長に会うようにと指示されたのかな。そして、なぜ名を告げただけでバスティーユに入れられたのか? あの人は、一体何を考えているんだい?」

 やはりそう来たか。

「俺は何も知りません。下っ端の駒です。ガリウスにでも聞いてください」

「あいつの相手をするのは面倒だ。情報の対価をもらわないと、釣り合わないな」

「本当に知りません」

「なるほど。じゃあ後払いで結構だ」

 彼はルピナスを呼び、勘定するよう頼んだ。

「俺はまだ返事していません」

「君、近いうちに王国に戻る用事ができるんじゃないかな? 番人の話をするためだけに父上がティタンにいらっしゃるとは思えないからね。僕は年明けに出張から帰ってくるから、そのときに教えてくれ」

 ルピナスにフランツの分も払うと告げて札を置くと、彼は危なげない足取りで扉に向かった。アーノルドが見計らったように裏口から出てきて、彼のあとに続いた。

「師匠、艦長さん、俺は奢っていただくつもりは――」

「情報料だよ。よろしく。あ、それでも足りないならケルン大学に入りやすくなるように手伝ってあげるし。それじゃ二人とも、ちょっと早いけど、良い休暇を」

「ちょっと」

 フランツが後を追おうすると、アーノルドが立ちはだかった。

「クロイツァー、俺も出張に同行する。その間、ここの護衛はお前とティスに任せる」

 フランツが返事する前に、師匠が艦長とアーノルドに頭を下げた。

「お気をつけて。無事のお帰りをお待ちしております」

 二人は、そのまま夜の闇に消えていった。

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