(3)

 気の置けない友人がいて、好きな酒を好きなだけ飲めて、好きな人がいても幸福とは程遠いとは。フランツとは立場も人生観も違うから共感はできないし、ネガティブな考え方にも苛立ちを覚えたが、ただ一つだけ共通点を見つけた。

 引きずられるようにして生きている。

 自らの意志で動かせるものが多いほど、人は幸福だと感じるらしい。故郷の教会の司祭が、そう言っていたことを思い出した。

「あーやれやれ、面倒くさい人ですこと!」

 ルピナスが大げさなため息をついて、会話に割って入った。

「これだから机上の空論大好き人間は困るんですよ。フランツさんも頭でっかちの類ですし、ブレンさんも言いたいこと言わないで痩せ我慢するし。みんなこぞって、めんどくさいったらありゃしない!」

 それを聞いた艦長は、頬を緩め、おかしそうに笑った。

「めんどくさくない人間は、こんな一風変わったバーに来ないだろ。ああ、そういえばフランツ君は酒には強いんだっけか? ブレンが言ってたよ」

 ブレンにアメリーとの勝負のことを話した覚えはない。フランツが横目でルピナスを睨むと、彼女は悪びれるどころか舌を出した。

「ちっ……それがどうかしましたか?」

「じゃあ今度、勝負しよう」

「はい? なぜです?」

「どちらがより面倒くさいか決めようじゃないか。酔ったら本性が出るだろ? ちなみに僕は、メイド・オブ・ビールのブレンを負かしたことがある」

 ブレンはいつも二、三杯で満足するので、どのくらい強いのかは知らないが、そういえば顔色は変わらない気がする。

「あら、それ、勝ったらロマネ・コンティをおごらせようとしてたときの話ですか? その時は、お店になかったから首が繋がったってブレンさんが仰っていました。確か、艦長さんと出会ってすぐの頃のことだとか」

「はあ……あいつ、お喋りだな、まったく」

「ブレンさんがあんまりビールを飲まなくなったのは、その時に飲み過ぎたからだそうですよ!」

 再度ルピナスに詰め寄られた艦長は、バカにしたような顔で笑った。

「自業自得だ。他のものを頼めばよかったんだよ」

 フランツはドヤ顔(と、いつもドヤ顔をしているルピナスから教わった)で艦長に宣戦布告した。

「勝負なら、いつでも受けて立ちますよ。負ける気がしません。なんなら今日でも構いません」

「へえ? 面白いな」

 これも以前から思っていたことだが、彼は腹立たしいほど完璧な上流階級のアルビオン語を話す。家柄からいえば、フランツの実家のロラン家のほうがフラクス家よりも上だ。が、フラクス家はアルビオンに飛び地の領地があるから、彼はそこで生まれ育ったのかもしれない。血筋のこともあって、相応の教育を受けたのだろう。一方、フランツの母語はガリア語で、アルビオン語とゲルマン語は家庭教師から習った。あまりいい思い出はない。

 王国ではアルビオン語話者とガリア語話者は犬猿の仲だ。王都はガリアにあるのに、第一公用語がアルビオン語であることを不満に思うガリア語話者は多い。フランツも、その一人である。外来語ばかり取り入れた不純なアルビオン語より、ガリア語のほうが遥かに美しいと思っている。

 艦長に苛立つのは、なにも言葉や性格だけのせいではないのだが。

 ルピナスは目を三角にしてフランツに詰め寄った。

「フランツさん、今日は飲んじゃダメですよ。レオンさんが二日酔いになったら私がアストラさんに怒られます」

「なんだ、アストラに賄賂でも渡されたのかい? その倍くらい払ってフランツ君におごるよ」

「それ以前にフランツさんは勤務中ですからね! 前は事情が事情だから許しましたけど、今日はダメです」

「前回の結果は? 勝ったんだろ?」

 フランツは口の端で笑った。

「もちろん勝ちました」

「でも、そのあと突っ伏して失恋の痛みに耐えてましたよね」

「師匠! 余計なことを言わなくていいんです!」

「事実ですよ?」

「言わなくていい事実があるんです!」

 艦長は目を丸くしてフランツをまじまじと見つめ、それからポーカーフェイスを崩して笑った。

「二人、仲良しだね」

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