人間魚雷とは、とんでもない腕前を持ったライダーのことです。驚異的な腕前で二輪車を乗りこなしつつも、あまりにも危ない方法も活用するため、恐れられていた人物です。
そんな魅力的でありながら危うい人物の追想を、著者の過去の記憶、人間魚雷本人の日記、近辺の人物への取材などから浮き上がらせていくのが、この物語の目的です。
物語の冒頭こそ現代ですが、話の中心である人間魚雷が活躍していた時代は、暴走族なんかが話題になっていた時代なので、そのころの空気を感じ取れるのかもしれません。ちょっとルポルタージュみたいな雰囲気もありますね。
ネタバレにならないように、人間魚雷というキャラクターに焦点を当てますと、無軌道でありながら繊細な人物です。でも無軌道になった原因は、周囲の理解のなさではないかと思うわけです。もし現代のようにSNSが発達していたら、同好の志と巡り合えて、このような生き方はしなかったのではないか? そう思わざるをえません。
ですが、この無軌道で繊細なのに、二輪車に乗ると化け物みたいな腕前を発揮する二面性があったらかこそ、妖魔のような魅力を発揮する偶像になったのではないかと思いました。
しかし、そんな偶像は、線香花火のように消失するのが世の常です。だがそれでも自分が生きていることの証明のために、めちゃくちゃであろうと一直線に突っ走るのもまた人生なのでしょう。
周囲の理解のなさに押しつぶされて、なにも抵抗しないまま自我を失うよりは、ほんの一瞬であろうとも光り輝いたほうが良いに決まっています。
ゆえに私は、レビューの表題にも書いた「虚無と偶像」を肯定的に書き込んだわけです。
なんだこの雰囲気重視のレビューは、と思った人もいるでしょう。でもこういうレビューを書きたくなるような物語なんですよ、本当に。みなさんも一読して確かめてみるといいですよ。