第40話:伝説の終焉——「人間魚雷」の死 8

 20キロ積載の大型のタンクローリーにしては、軽やかで、素早い動き方だった。トレーラーヘッドを鋭角に折り、その巨躯をブン廻すような、乱暴な操車。ガソリンスタンドに卸した直後で、きっと空荷だったんだろう。


 今はそう思う。

 しかしその時は驚きしか無かった。


 右にアタマを振ったローリーの左側を、時速240キロものスピードで擦り抜けようとした、その刹那、——交差点を左折したのだ。


 *******


 眼を大きく見開く、


 息が止まる、


 アクセルを戻して瞬時に二速シフトダウン、


 前後輪ともすぐにフルロック、


 最初、高周波の、微かなスキール音、


 しかしすぐに、それが断末魔の悲鳴に変わる、


 タイヤの焼け焦げる臭い、


 この時点での相互間の距離、


 およそ150メートル、


 すぐに100メートル、


 車体はコントロールを完全に失い、


 路面上スレスレをブッ飛ぶ、


 弾丸さながらの単純な物体となっていた、


 激突するまでの時間、


 あと2秒弱。


 しかし、——


 


 下を向いて、歯を食いしばったまま、愉悦を噛み殺して。


 *******


 イメージが出来ていたんだ。


 本来、縁もゆかりも無い、てんでに、それぞれの場所で発生した複数のピースが、互いに完全に無関係の、バラバラに発生した力学が、ある種の因果律に吸い寄せられ、引き寄せ合って、一点に、交錯しようとしていた。深夜の、134号線の、冷たい路面の上で……。オレには、それが見えていたんだ。


 *******


「ああそうさ」


 立場が逆になり、こちらの話を聞く後藤氏に向かって、オレはこう言った。


「確かにオレは、人間魚雷という仇名で呼ばれた——」


 そして、躊躇わずにこう続けた。


、だ」


 *******


 路面の凹凸を拾って車体が跳ねる、


 僅かに浮いた空中で、


 車体の向きを横向きに入れ替える、


 いつものスライディング走法、


 ほんの一瞬だけだ、


 正面を見据えた視界の端に、


 青白く光る大量の火花が映り込む、


 振動は無い、


 減速もしない、


 スピードの出し過ぎなのだ、


 だが、


 それでいいのだとオレは知っている、


 ——その瞬間、


 眼前にロングノーズ・ショートデッキの、


 古めかしいスポーツカーの後ろ姿が割り込んでくる、


 83年式の日産フェアレディZ、


 こんな時刻に他に車なんていない、


 そうタカを括ってのブレーキング・ドリフト、


 フロントガラスを塞ぐタンクローリーの車影に、


 慌てて急ブレーキを踏む、


 その激しく暴れる車輛後部ケツの、


 ハッチバックのリアウィンドウを、


 オレはRZの後輪で蹴り破り、


 宙に、


 大きく投げ出された。


 *******


 そのZ31型のテールランプが視界に入る少し前、オレは路面スレスレに滑る車体をハンドルを押す要領で立て、つまづいてスッ転ぶ感じで跳ねる車体を、ハンドルに身体を押し付けるような体重移動と、空中に投げ出されるその衝撃力とで、オレは空中に引き上げる。


 低い軌道で飛ぶRZの、


 その後輪が、


 計ったようなタイミングで、


 いや実際に計っていたワケだが、


 フェアレディZ:Z31型の、


 その後部リアハッチを捉える。


 バッキャァアッ!!


 という破壊音とともに、


 リアハッチを蹴り潰し、


 オレはRZ250諸共もろともに、


 風が鳴る漆黒の夜空へと射出された。


 *******


 時速200キロを超えるスピードで衝突したのだ。40メートルくらいは飛んだハズだった。後ろから見ていた後藤氏の眼には、それは事故に見えたという。いくつもの要因が複雑に絡み合った——


 確かにこの時の状況は、飛んだ、というよりは、急に割り込んだ車に激突して派手に空中に放り出された、という表現の方が実情を正確に反映している。


 *******


 縦に、


 そして横に、


 不安定に回転しながら、


 タンクローリーの車高を飛び越えて、


 その放物線の頂点でオレはバランスを取り戻し、


 落下しながら車体を立てて、


 タイヤから着地した、


 着地して見せた。


 静かに——


 というワケにはいかなかった。


 バキンッ!


 というヒドイ音がして、


 一回、二回と、


 路面に叩き付けられるように弾んで、


 そしてタイヤから白煙を巻きながら、


 二回転半スピンして、


 停まった。


「神業だ」


 この時のことを回想して後藤氏は言った。


「ライディングの神だ」


 そうも言った。


 静寂が辺りを包んだ。


 未明なのだから当然ではある。


 激しく追突されたZは、


 何が起こったか分からないまま停車し、


 タンクローリーも交差点を曲がり切ったところで停止した。


 人間魚雷も左足を突き、


 車体をやや傾けた状態で辛うじて停車していた。


 静けさの中、


 ヤマハ・並列二気筒パラレルツインのくぐもった排気音だけが、


 青白く光る冷たい路面を叩いていた。


 *******


 ん?


 オレは思う。


 ちょっと待てよ……


 奇妙なことにオレは気付く。


 何故だ?


 何故オレは人間魚雷の姿を交差点の手前——見ているんだ?











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