第37話:伝説の終焉——「人間魚雷」の死 5

 時計を睨みながら、

 オレは思考を止めることが出来ない。


 ——午前四時二十二分、


 酔いはすっかり醒めていた。

 夜はまだ、明けそうにない。


 オレは友人であるカケルの死を語ることで、

 伝説のカミカゼライダーの死を語ることで、

 何かに終止符を打ちたいと願い続けてきた。


 人生の節目ごとに、

 オレはこの物語を書こうと筆を執り、

 しかし生活上のいろいろな事情からその計画は頓挫した。

 頓挫し続けた。


 本当は、書きたくなかったのかも知れない。

 本当は、終わらせたくなかったのかも知れない。

 本当は、

 オレはまだ夢の途中にいて、

 しかしそれはすでに遠く過ぎ去ったのだと、

 きっと、信じたくなかったのだろう。


 書いてしまったら、

 きっとオレの中で、

 何かが終わってしまうのだ。


 人間魚雷は死んだ。

 そして二十八年が経過した。

 時代は変わり、さらに移ろい、様々なものを押し流した。


 スピード偏重主義のモータリゼーションはその在り様を変え、ゼロヨンのタイムや最高速度、コーナーリング時のバンク角を血眼になって競い合った、かつてのイカレた風潮は完全に潰え去った。そしてバイクは、大人の趣味の乗り物としての地位を、社会的に獲得するに至った。


 若者の多くが「GPレーサーになりたい」とライディングに血道を上げていた時代の、その最もワイルドな舞台である「峠」という無法地帯において、最速を謳われ、無敵の不敗神話を誇った「人間魚雷」も、しかし忘却の彼方に押し流され、時間の帳の複雑なひだに紛れて、もはや覚えている人間など、一人もいないに違いない。


 オレがこうして言い出さなければ誰も思い出さないに違いないし、いや、或いはオレは、「九十年代初頭のことだ、深夜の峠を震撼させた伝説のカミカゼライダー・・・」などと思わせ振りなことを言って、デタラメを吹聴しているに過ぎない可能性だって否定できないのではないか?


「人間魚雷」は都市伝説だ。

「人間魚雷」という名のRZ使いなどいなかった。


 オレが 今ここでそう言い切ってしまえば、或いはそもそも最初から存在しなかった、ということになるのかも知れない。


 人間魚雷と走ったという証言は複数存在する。だが彼は死に、その凄まじい走りは、それを実証する手段は、永遠に失われてしまった。


 深沢カケルは死んだ。

「人間魚雷」はいなくなった。


 彼は死に、

 彼の、破滅的な走りの真の動機や、

 そのライディングの実態や真実は、

 この世界から消えて無くなった。


 *******


 間もなく夜が明ける。

 この物語はこれで終わりだ。

 伝説は終わり、

 あの時代は終わり、

 そして何か、真夏ともいうべき人生のある一時期は、

 遠く、過ぎ去ってしまったのだ。


 *******






 *






 *






 **






 って、


 嘘だ。


 オレは嘘をついている。






 オレは、


 厳しすぎる自らの理想に耐え切れなくなって、


 妥協して、日和ってしまって、


 かつて与えられた特別な力を失ってしまったことを、


 認めたくないのだ。




 いや、逆だ。


 その神に愛され与えられた特別な力を、


 その千里眼と、


 ある種の神通力とを、


 いっそ無かったことにして、


 自らが理想を裏切り、妥協してしまったことを、


 忘れてしまいたいのだ。




 もう言ってしまう。


 そうだ、「人間魚雷」は死んでない。


 その証拠に、


 オレは今も生きて、


 こうしてパソコンを打鍵し続けている。


 最初、オレは自分をサメジマと名乗った。


 鮫島俊之——しかしそれは、オレの友人の名前だ。


 人間魚雷を直接知る数少ない人間の一人、


 オレは自分のことをそう説明した。


 彼のことを幼少期から知っている、と。


 当たり前だ。


 自分のことなんだから知ってて当然だ。




 深沢カケル——という稀代の弱虫はオレだ。


 人間魚雷と呼ばれた偏執狂のイカレタ単車乗りは、


 オレのことだ。


 対象の無い復讐心に全身を焼き焦がされ、


 泣き叫びながら走ったキチガイの若造は、


 オレのことなんだ。








































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