第30話:追走、「人間魚雷」——GS400 6

 モノ凄い走りだった。

 見せてやりたいくらいだ。

 今までに見た、どんな単車乗りとも、ヤツの走りは違っていた。


 何て言えばいい?


 後先のことは一切考慮しない考えナシの無造作なアクセル・オンで、ヤツはコーナーに突っ込んで行く。減速はほとんどナシ、当然曲がり切れない、


 ——ハズだ! じゃないか?


 路面を派手に横っ滑りして、フツーならコース・アウト、ブッコケてガードレールに激突、その勢いのまま谷底へ転落、いずれにせよ即死間違いナシ、そういう流れだろ? 間違っちゃいないだろ?


 たがヤツは、派手に滑って行ったその先の、

 路肩の縁石だったり、

 ガードレールの支柱だったり、

 石垣みたいなデコボコの擁壁だったりに、


 タイヤを押し付け、

 或いは思いっ切りブツケて、

 時にはその壁をトレッドで捉えて走り抜け、


 遠心力を殺し、いや、遠心力を推進力にムリヤリ変換して、爆発的な動力を得て峠を駆け上り、駆け下って行くんだ。


 ——宙を飛ぶ、というウワサは本当だった。


 少しずつ、引き離されて行く。

 だって速すぎる!

 コーナーの向こう側に、オレはヤツの姿をロストしかけていた。


 *******


 やがて、

 七〇メートルくらいの短いストレートに出た。


 下り勾配が、

 急激にキツくなる。


 ツバキライン切っての、

 深くて狭隘なヘアピン・カーブが迫っていた。


 曲がり切れずにコース・アウトすれば崖だ。


 ——ヤバイ、


 ギアを一速落として減速する必要がある。

 アクセルを戻そうとした、


 ——その瞬間、


 ヤツは、

 首を捻じ曲げ、こちらを見た。


 針金のように銀色に光って見える、強い髪。

 いにしえの飛行機乗りのようなビンテージ・ゴーグル。

 口は一文字に閉ざされて表情は無く、

 その横顔は無機質でメタリックな印象だった。


 息が止まった。

 瞬きが、出来なくなった。

 無表情にこちらを見たまま、人間魚雷はアクセルを開け、急加速を開始した。急激な下り坂の突き当りに位置する、白いガードレールが立ち塞がるヘアピン・カーブに向かって。


 ハイビームに照らされた白く光るガードレールが、非現実的な、悪夢のような速度で迫ってくる。だかしかし、ヤツはアクセルを緩めない。オレの眼を、見ることを止めない。オレの眼の中の、何かを、……測っているんだ。


「そういうことかよ」


 オレは口の中で、小さく呟いてみる。

 自分に向かって、そう言い聞かせる。


「勝負なんだな」


 シフトダウンしようとギヤペダルに乗せていた足を、ステップの上に戻し、体重を掛けて踏みしめると、アクセルを開けた。


 ——ブレーキング対決、


 先にビビってブレーキを掛けた方が、

 負けだ。


 オレはケダモノみたいに歯を剥いて、笑って見せた。

 人間魚雷も、悪魔のように、口の端を吊り上げて笑う。


 嬉しそうな笑顔、

 狂ってる、

 そしてその愉悦に細められた眼が、

 ゴーグルのレンズの中で、


 赤く、

 光って見えた。














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