第26話:追走、「人間魚雷」——GS400 2
箱根峠のてっぺんにある空き地で、バーンアウトしてたんだ。単車に跨ってブレーキ握ったままアクセル全開でクラッチを繋ぐ。アスファルトの路面の上で後輪が空転し、白煙が巻き上がる。摩擦でタイヤが焼け焦げるんだ。次に車体を傾ける。前輪の設置点を中心にコンパスのように単車が回りだす。
人間魚雷も、ここで同じことをするらしい。だろうな、と思う。結局のところ、タイヤのグリップが死命を分ける。命懸けのライディングで名を馳せた人間魚雷が、オレと同じことをしないワケがない。
靄の棚引く深夜の峠道、ケタ違いの凄まじい爆音、そりゃそうだ、直管だからな。オモチャみてえな音のチャンバー入れたツースト・フルカウルの連中なんかには負けねえ。
カリッカリに調整したバリバリのスポーツマシンの中にあって、族車のGS400は確かに場違いかも知れねえ。でもヘルメットは一応被ってきたし、いいよな別に。ジェット・ヘルメットだけどな。族ヘルは嫌いなんだよ、タバコが吸えねえからな。色は潔く白一色だ。傷だらけだけど。
ところで今日で三日目だ。ヤツはなかなか現れない。勿体ぶりやがって。少しだけ眠い。どこをほっつき歩いてやがるんだ。タバコに火をつける。空気が澄んでるせいか、煙がヤケに肺に沁みる。美味い。芳ばしい香りが体腔を満たし、オレはそれを静かに、細く吐き出す。
視線を上げる。
星がきれいだ。
日付が変わった。芦ノ湖の方からツースト・パラレルエンジンの全開くれた排気音が聞こえてきた。
——RZだ。
族車としても人気あるからな、すぐ分かったぜ。ツーストだと、やっぱ
走り屋どもの出す騒音が、不意に止み、深夜の峠に本来の静けさが戻る。路肩の茂みに虫が鳴くのが聞こえた。
——ハッ、とした。
オレは吸いかけのタバコを「ブッ」と吐き捨てると、急発進した。オレのGSが闇を震わせて雄叫びを上げる。アクセルをドバッと開け、クラッチをドカンッと繋ぐ。真っ直ぐに、最短距離で、オレは街道に出ようとする。うまく言えない、「間に合わない」何故だかそう直感したんだ。
シンナーやり過ぎで脳がブッ壊れちまった野郎が泣き叫んでいるような、そんなギリギリのエグゾースト・ノートが、もの凄いスピードで近付いてくる。闇に沈む、街道の向こうから。
三秒前までは遠かった排気音が、今は爆音となって前照灯のハロゲン・バルブの光芒と共に、すぐ背後まで迫っていた。しかし——、
その音は急に途切れた。
箱根峠の頂上、登り勾配の尽きた地点でRZは、ロケットのように宙に射出され、グライダーのように闇を滑空しているのだ。
「悪魔」と言われる
「亡霊」と呼ばれる、その理由。
しかし、
オレは後ろを見ない。
前だけを睨み、
斜め鋭角に、
全速力で街道に走り込む。
「死ね」
短く、オレはそう呟く。
オレが街道の車線に、
走り込み、走り入る、
その位置は、
宙を飛ぶ「人間魚雷」の走行ライン上の、
その降着地点とクロスするハズだった。
「死ね」
体当たりだ、
もちろんオレも無事じゃ済まない。
だが、
込み上げてくる笑みを、
俺は抑えることが出来ない。
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