第25話:追走、「人間魚雷」——GS400
■追走、「人間魚雷」——GS400:月刊モト・ウィング 1997年5月号
オレが暴力的な人間だってのは認めるよ確かに。
一言も口を利かずにイキナリ殴っちまうし、殴り出したら半殺しにするまで止めない。アオって来た単車を蹴っ飛ばしてブッコケさせるなんて、そんなの別に日常
いや自慢じゃねえよ、
こんなの武勇伝なんかじゃねえ。
抑えが利かねえんだよ昔から、ガキの時からだよ。ケンカとか、そういうのだけじゃねえ、教室で教師のしゃべる勉強の話なんか頭か爆発しそうで聞いてらんなくて大声で歌うたって邪魔してたし、椅子に座り続けること自体がそもそも不可能で、授業中に教室になんかほとんどいられねえ、だから授業なんてまともに受けたことねえよ、生まれてこの方、大人になった今でも漢字の読み書きは苦手だ、文字を見ると、目と目の間の奥の方がひどく痛んで、視界がぼやけちまうんだ。
思った瞬間、やっちまう。
思ってからやるんじゃない。相手を殴って血まみれにしながら、ああ俺は今スゲー腹が立ってんだなー、って気付くんだ。障害……?らしいんだけど、難しいことはよく分からねえ。頭に中で想像とか、そういうことはできねえ。目に見えて、手で摑んどける、そういうモノじゃないと霧みたいに散り散りになって消え失せ、すぐに分からなくなっちまう。
キチガイって怖がられて、イカレてるって気味悪がられて、山ん中にある何だか普通とは違う、全寮制の学校に閉じ込められたりもしたけど、
暴走族に入って、
世界が変わった。
そこでも、お前はキチガイだ、お前はイカレてるって言われたけど、その世界では、それは褒め言葉だった。お前はキチガイで、イカレてて、最高だ、スゲエって、そう言われた。
オレには理解できないものがいくつかある。
人間関係ってモンが、分からない。
空気、ってヤツが全く読めない。
いや、その意味すら分からねえ。
危ない、ってことがよく分からない。
どこまでが安全で、どこからが危険か分からない。
痛みが、よく分からない。
痛みが、よく、分からないんだ。
痛い、って何だ?
苦しい、って何だ?
それより、怖いって、何だ?
殴られても、痛くねえ。
ビール瓶でブッ叩かれて血がバッチャバチャ出たけど、
痛くねえ。
単車でブッコケても痛くねえ。
脚を折ったら歩けなかった、でも痛くねえ。
顔面アスファルトで削られて、ヒデエ顔だろ?
でも痛くねえ。
ガキの頃、毎日オヤジにブン殴られた。
痛くねえ、そんなの、痛えワケねえ。
小さい頃、そういえばオフクロに叩かれたことがある。
甘えて抱き着いたら虫の居所が悪くて引っ叩かれたんだ。
頬っぺたを手で叩かれた。
痛くて泣いた、……と思う。
凄く痛かったんだ。
——GS400、
オレが乗ってる単車だ。
ボロボロだよ、年中ブッコケて、クラッシュしまくってる、俺と一緒だ。
——死神、
それがオレの仇名さ。
お前がまだ生きてるのは世界七不思議のひとつだ、って仲間が言う。
——カミカゼ、って呼べよ、
そう言ってみたこともある。
ダメだって、先輩が言った。
祖国とか、そういう大切なものの為に死にに行くのが「カミカゼ」だろ、ただ単に「命なんか要らねえ」って思ってる、そんなお前は「カミカゼ」じゃない、ってさ。
ああそうか、って思ったよ。ブン殴っちまったけどな。
そんなある日、おかしなニュースが飛び込んで来た。七夕に大規模な集会あって、何百台って数で西湘バイパス流してる時に、逆走して突っ込んで来たキチガイがいたという。
オレは行かなかったんだ。いろんなチームが集まるしケンカになるからお前は来んな、って言われたんだ。
そのキチガイが、あの「人間魚雷」だった、ってワケさ。ツバキラインに出る走り屋の亡霊、——宙を飛び、ガードレールを走る、って噂の——って反則だぜそんなの、オレの顔を見ろよ、そんなこと出来たらこんな顔にならねえよな?
にしても恥ずかしい話だぜ、
GS400のオイルを100%化学合成のヤツに交換して、タイヤはヨコハマのゲッターに履き替えた、高かったけど人間魚雷とのバトルを意識してこのタイヤにしたんだ、チェーンも替えた。って、オイッ、笑うなよ、カネ無くてそれくらいしか出来なかったんだよ。あとガソリンは共石のハイオク、GP1プラス、フケが格段に良くなる、プラグの焼け方が違うんだ。
ヤメとけ、って先輩に言われた、人間魚雷を潰しに行く気ならヤメとけ、ってさ。
「ヤツは狂ってる、完全にイカれてる」
「オレよりも?無いでしょそれは、負けないッスよ、オレ」
「普通じゃねーんだよ、ただ事じゃねえ、何か憑いてやがるんだ、見れば分かる」
「…………」
決心した。
箱根に行く。
人間魚雷に、会いに行く。
ああ、そうだよ。オレは異常な人間だよ。
人間を人間たらしめる何かが、完全に欠落している、知ってるさ。
仲間だ、直感がオレにそう教える。
話がしてみたい、そう思ったんだ。
いや、言葉で話すことなんて別にねえよ。
アイツは走り屋で、オレは
単車で、走りで、話す。
いやいや、抜いたり抜かれたりの徒競走なんてする気ねえよ、くだらねえ。
ケンカだよ。
峠でブッコケさせて、
RZモロとも谷底に突き落として、
殺す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます