第23話:誕生——「人間魚雷」1
店にカケルが来た。
寝不足なのか、眼の下に隈つくって。
そんで、なんだかマジメな顔してさ。
「アイス、食うだろ?」
「ん、要らない、……」
「食うだろ?」
要らないというアイツの言葉に、被せてぶつけるように言った。
いや解ってたんだ、瞬間、もう解った。
——変わった、ってさ。
何があったのかは知らない。でも怖らくは一晩で、カケルは男になった、大人になった、もう泣き虫のガキじゃない。
認めたくなかったんだよ、バカだよな、カケルだってもう十八だぜ、誰だって、ある日「大人」になる、解ってる、でもあれだ、親ゴコロってやつさ、……ああ、そうさ、あいつが可愛いかったんだよ。
「RZ、また見たいんです」
両手にアイスを持って奥から現れたオレに向かってカケルは言った。無視された形のアイスを、それでもカケルの胸に押し付けて、オレは椅子に腰掛けた。
「RZ、乗りたいのか?」
並んでアイス齧りながら、オレは訊いてみた。でもカケルは答えなかった。シカトじゃなくて、言葉を捜してるんだけど見付からない、そんな感じだった。
「かけてみろ」
RZの前で、オレはカケルに鍵を放った。カケルは迷いの無い動作で鍵を挿し、イグニッションをONにして、キックペダルを踏み込んだ。思い切った力加減。
一発でエンジンが掛かった。上手い。乾いた爆音が、店内の空気を圧し、張り詰める。カケルはアクセルを大きく開ける。高温の排気が、蛇の腹のように膨らんだチャンバー(空気室)を内側から叩き、その硬質な金属音が連続して鼓膜を打つ。
カケルはアクセルを緩めない。2ストロークエンジンの凄まじい排気音。しかしオレは制止しない。真剣なカケルの眼差し。何かを測っている。そうだ、狂気を測っているんだ。RZが、ヤマハ・ロケットが、どれくらい狂ったマシンなのか、を測ってる。
カケルは一旦アクセルを戻してから再度、一回だけ全開にして、ひときわ甲高い排気音を土間床に叩き付け、エンジンを切った。
「十年早い、かな?」
カケルは、RZに視線を落としたまま、ぼそりと言った。……十年早え、以前オレが言った言葉を、覚えてたんだ。
「いや、……」
絶句したよ。言葉が浮かばないんだ。何て言えばいいのか分からなかった。でも、気付いたら、口が勝手に動いてた。
「いいぜ、気に入ったんだったら乗ってけよ」
オレの答えだよ、それが。カケルは一瞬だけ、視線を上げてオレを見た。眩しそうに細めた眼が、何だか泣き出しそうに見えてさ、でもカケルはすぐRZに視線を落とし、小さく笑った。
「ありがとう」
結局、カケルは乗って来たDT200で帰った。二言はねえぜ、RZ乗ってけよ、って言ったけど、笑いながら、カケルは首を横に振った。多分、「親がかり」なのは嫌だったんだ。喉から手が出るほど欲しいナナハン・キラーであってもさ。
或いは、その時にはもう、考えていたのかも知れないな。
オレと勝負したい、ってさ。
同じ「ヤマハ・ロケット」同士で。
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