第18話:追走、「人間魚雷」——TZR250/4
走りが変わった。
人間魚雷は右肘を大きく上げて、ハンドルを握ってる右手を極端に深く前の方に回すと、次の瞬間、その肘を一気に引き下げ、
アクセルを「ドバッ」っと開けた。
全開だ。
左コーナーを曲がり切り、短い直線部分、車体をベッタリ寝かせたまま、進行方向に対して車体を横向きにし、ハンドルは立てて、後輪を空転させて重力と慣性だけで、急勾配をスライドしながら、真っ直ぐに滑り下りて行く。
ゴムの焼け焦げる匂い。
日中ならきっと、白煙が巻き上がっているに違いない。
車体と路面との間の脚は、緩く曲げた格好で前の方に振り上げて、車体の下から抜いてある。完全にスーパー・バイカーズのスライディング走法だ。
すぐに次の右コーナーが迫る。
間に合わない。
車体の向きを瞬時に、
百八十度変える必要がある。
アクセルを緩める。
タイヤが急激にグリップを取り戻す。
サスが深く沈む。
ベッタリ寝ていた車体が横向きにツンのめり、
意外なほどの勢いで起き上がる。
前に投げ出される身体の勢いで、
その重心の移動を利用して、
長い手足を使い、
単車を空中に引き上げる。
フワッと、車体が宙に浮く。
そして、
空中で体を入れ替える要領で、
車体の前後を入れ替える。
手足の長さを活かした操車、
空中で、その背中は動かない。
マシンだけが、
その向きだけが入れ替わる。
そして、
タイヤが接地した瞬間、
アクセルを大きく、
断続的に開けた。
先刻までとは逆方向に、
派手にスライドしながら、
路肩の砂塵を巻き上げる音と共に、
格納されたスタンドから火花を散らし、
ガリガリガリガリッ、
という路面を削る音と、
耳を塞ぎたくなるようなスキール音を、
激しく路面に叩き付け、
その右コーナーを、
遂に曲がり切ってしまった。
そして、すぐ次の左コーナー。
最初、気が狂ったのかと思った。
マシンから飛び降りたように見えたのだ。
ハンドルは掴んだまま、
左脚、
上体、
それから腰までの身体全部を、
カーブの内側に投げ出すように、
マシンから遠く投げ捨てるように、
体重を移動して曲がったのだ。
リーン・インでも、
ハング・オフでもない、
曲芸じみた曲がり方。
この時点で、ボクは人間魚雷駆るRZの姿をロストしかけていた。だって速すぎる、まるでサーカスだ。
——サーカス。
そう、人間魚雷の走りは、路面上に走行ラインをイメージしてそれをトレースする、通常のライダーの走り方とはだいぶ違っていた。二次元、つまり平面だけじゃない、三次元的に、いや、空間だけじゃない、それに重力と時間まで含め、四次元的に、走行ラインをイメージしているようだった。
その証拠に人間魚雷は、
路面をあまり見ていなかった。
闇の中、ライトに時折照らされて閃くその残像からしか判断出来ないが、ヤツは路面ではなく、路面よりも少し上、見えない景色全体を、時に漆黒の夜空を見ていることが、その首の角度から知れた。
風を読んでいるような、
そして重力の揺らぎを、その濃淡を探しているような。
人間魚雷にとって、路面の位置や、その状況は、あまり重要では無いようだった。走行ラインは空中も含めて立体的に設定されていて、路面はその、ほんの一部に過ぎなかった。
少なくとも、ボクにはそう見えた。
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