第16話:追走、「人間魚雷」——TZR250/2
小学生の頃からバイクが好きだった。十六歳になりすぐに中型二輪免許が取りたかったけど、親がそんなこと許す筈も無くて、中型二輪免許を取ったのは高校を卒業した十八歳の時だった。レースに興味があって、いや、……もう言ってしまう、
レーサーに、
レーサーになりたくて!
サーキット・ライセンスを取得して地元のバイク屋のツテで耐久レースに参加させて貰ったりしてたけど、本格的なチームで走っている連中はそれこそ子供のころから親子ぐるみでミニバイクでサーキットをバリバリ走っていて、マシンも、装備も、資金力も、メンバーも、当然走りそのものも全然違っていて、ある時、参加した耐久レースの同じチームの、って言っても寄せ集めなんだけど、その仲間に、
「レーサーになりたい」って言ったら、
「お前バカだろ?」って答えが返ってきた。
十八歳で漸く野球を始めた素人が、プロ野球選手になりたいって言ったらお前どう思う?リトルリーグもシニアリーグも高校野球も経験してなくて、当然甲子園だって目指したことない、そんな奴が、プロ野球、お前どう思う?って。
いや、その通りだと思う。
返す言葉ねえや。
峠には、よく来ていた。日常的に腕をみがくには、経済的・時間的な今のボクの現状から言って、峠を走り込むしか無かった。仕事が休みの日には、早朝から午前中にかけて走り込んだ。道が空いてるからだ。日中はトラックとかが走ってて邪魔だし、休日はファミリーカーが邪魔、そして何より夜は、この走り屋どもが邪魔。うるさいし、ガラは悪いし、でもって遅いし、時々それなりに早い奴もいるけど、けどそれに一体何の意味が?こんなトコでちょっとくらい速く走れたって、それで何か満足なワケ?バカバカしい。
気持ち的には少しヤサグレていたと思う。だってこんな公道で、走り屋の真似事をして遊んでいる場合じゃない。こうしている間にも他の連中はどんどん先へ、次のステップへと進んで行ってしまう。
つまんないトコでつまんないコケ方してアンダーカウルバッキバキに割れて、もういいや、ってなって、鬼ハンにして夜な夜な仲間と近隣の「峠」を荒らし回っていた時に、その「クダラナイ」噂を聞いた。
最初、それは深夜の箱根に、事故死したバイク乗りの亡霊が出る、って言う噂だった。
数ヶ月後、そいつはノーヘルのRZ使いだって言うディテールが伝わって来た。全身黒ずくめの、痩せギスな男だと言う。
「人間魚雷」という固有名詞が聞こえて来たのはそれから程なくのことだった。そしてその風聞には、
「バイクで空を飛んだ」
「ガードレールを走った」
「目が赤く光った」
など、とても真に受けては聞けないような、バカバカしい尾ひれが付いていた。
「ちょっと見た事が無いような凄まじいライディングらしい」
仲間が言った。
「関東、東海地方では、コイツが最速なんじゃないか?」
「……」
箱根に行って、
ブチ抜いてやろう。
そう思った。
そして、
自ら「最速」を標榜しよう、と。
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