第11話:深沢カケルの日記[十八歳]②

「なに見にきたの?」

 本屋に何を探しに来たのかとヤギ君は問う。

「別に、特に何を、っていうのは無くて……」

 嘘をついた。死なずに済むための言葉を、探しに来たのだ。

「ふーん」

 しかしヤギ君は、それ以上何も聞かず、黙って僕を海外文学の文庫本コーナーまで連れてきて、何故か、一冊の本を書棚から抜き取って、目の前に差し出したのだ。

「オススメだから」

 そう言ってヤギ君が書棚から抜き取ったのは、ヘルマン・ヘッセ著「荒野のおおかみ」だった。


「自由とは何か、について書かれてる」


 ヤギ君はそう言った。


 ******


「荒野のおおかみ」を、深夜まで掛かって読んだ。バイトの無い日だった。そんなに厚い本では無かったが、僕にとってはなかなか難しい内容で、思うように読み進められなかった。特に後半が観念的というか、幻想的な感じで、ほとんど意味が分からなかった。


 しかし、この本は二つの事を僕に示唆した。

 一つは、主人公であるハリー・ハラーという初老の男性は、劣等感が強くてプライドも高い、という大変始末に負えない、そう僕のような人間であること。

 もう一つは、初老に至っても劣等感からの脱却は難しい、ということ。


 意味するところは不明だったし、何か具体的に精神を支えてくれる、そんなメッセージを得ることは出来なかったけれど、この時点から、ある種の予感めいた何かが、止まない耳鳴りのように、頭の片隅に居座り続けた。


 ******


 恋をした。

 アルバイト先に少し前から勤めている女の子、まだ十六歳だった。背の小さな、子供みたいな娘で、石油会社のロゴが入ったブルーのツナギを着ると、ソデやスソがたくさん余って、それを何回も折り返して着ている様子が、とても可愛いらしかった。


 ある日のシフト明け、彼女を食事に誘った。

 深夜のファミレスだった。

 手短かに言う。

 食事が終わって、駐車場で告白して、そしてフラれた、当たり前だ。彼女はまだ十六歳だったけど、結構オトナで、その年齢で、その人生のステージにおいて向き合うべき事柄に、傷付きながらもしっかりと向き合っていて、色々と置き去りのままの僕とはだいぶ違っていた。情けない話だ。


 このことが職場のクルーの間に何となく露見して、いずらい雰囲気となった。詳細は言いたくない、色々あった。


 仕事でミスが目立つようになり、所長や主任から叱責を受けることが多くなった。これは仕事に慣れてきたのが、逆に原因だった。


 大学生活がひとまず落ち着いてバイトに復帰したサメジマにも、急にキレられて揉めたりした。


 すべてが、うまく行かなくなった。


 うまく行かないのは、まあ当たり前と言えた。

 僕は、人間が怖いのだ。

 僕は、人間が嫌いなのだ。

 人間関係が、うまくいく筈なんて無い。


 人間が怖い。

 それでも人間の作る世の中から離れられない僕は、人間というものから復讐され続ける運命にあるのだ。

 勿論こちらから危害を加えた覚えは無い。

 でも、きっと不快なのだ、僕のことが。

 でも、じゃあ、いったい、どうすれば?


 夜、家を飛び出した。

 両親と言い合いになった。


 友達はいるのか?

 誰とでも仲良くしなきゃダメだ。

 いろいろ相談できる友達を作りなさい。

 世の中は厳しい。

 そんなことでは生きて行けないぞ。


 僕は、狂った。

 それしか今は言いたくない。

 何を言ったのかすら、ハッキリと思い出せない。

 僕は惨めな人間で、

 それを、僕は生みの親の前で晒し、自分の意識にもそれをはっきりと擦り込んだ。


 今日は、そんな最低の日だった。





















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