第9話:山神アキラという単車乗り
[二〇〇九年四月三十日]※取材:筆者
って言うか、
カケルには無理だって、
思ったよやっぱし。
昔のマシンなんだよ、RZは。
乗り手を選ぶ。
おっかなビックリな奴には乗れない。
だいたいおっかなビックリってさ、カケルの為にあるみたいな言葉だよ。
子供の頃から知ってるんだよ。
ヤマガミさん、ヤマガミさんって、
よく懐いてた。
親御さんに連れられて、初めて会った時にはもう、
カケルはイジメられてた。
分かるんだよ、
眼を見れば、口元を見れば、シルエットを見れば、声でも分かる、
そうだよ、
オレもイジメられてたんだ。
そうは見えないって?
大抵そうなんだよ。
ごく僅かな違い。
群れの中の、くだらない、ただの椅子取りゲームなんだ。
オレの場合、
それは、
そこから抜け出したキッカケは、
母親の悪口を言われたことだった。
親の悪口は、
ヤバイ、
絶対言っちゃダメだ、殺されかねない。
高校の頃だ。
何て言われたのかは忘れた。
教室だった、休み時間。
オレは席を立って、
えへへへへ、
って笑いながら振り向き、
ニヤニヤ笑うそいつの鼻っ柱を、正拳で思いっ切りぶん殴った。
そいつは椅子に座ったまま後ろ向きにひっくり返って、
椅子と机が倒れる大きな音がして、
びっくりしたように目でオレを見ていて、
二つの鼻の穴から血がたくさん流れ出て、
馬乗りになってもっともっとぶん殴ろうとしたら、
オレは羽交い絞めにされて、
そいつには仲間が何人もいたから、
腕とか、脚とか、腹とか、頭とかを蹴られて、
顔面も当然殴られて、
唇も切れて血だらけだったけど、
そんなのちっとも痛くなかった。
バカとか死ねとか、他にも差別的なことまで言われて、
言い返せなくて、やり返せなくて、
夜ふとんの中で、或いは目覚めの前、
静寂の中で自分の鼓動にじっと耳を傾けて、
その時の非人間的な、
震えがくる程の痛みに比べたら、
こんなの痛くない。
ぜんぜん痛くない。
殺してやる、
殴らせろ、
フクロにされながら、
オレはそう叫び続けた、
呻き続けた、
唸り続けた、
笑っていたかもしれない、
オレは自由だ、
この痛みはその代償だ、
この痛みは、俺が自由である証だ。
昨日までのオレはいじめられっ子だった、
今日から、オレはオオカミだ、
オレは牙を剝いて、
向かってくる奴がいたら噛み裂いて殺す、
そんなことを考えてた、
中二病?じゃねえだろ、青二才だよ。
カケルからも似たような匂いがしたんだ。
人が怖くて、
ひとりでいたくて、
でもずーっとひとりぼっちだと、
やっぱりキツくて、
こんなシケたバイク屋に足が向いちまう。
すごく嬉しそうで、
試験場一発合格なんてすごいじゃないか、
って誉めてやって、
まあ、実技試験七回目でやっとだったんだけど、
カケルらしいよな、
いや、この頃はまだそんな奴だったんだよ、
信じられねえよな。
それから、
オレにRZのことをいろいろ訊いてきた。
憧れてたんだな。
RZって乗るの難しい?
出力特性が
トルクや加速の勢いのヤマが突然やって来て危険なんだよね?
ゼロかフルパワー、それしか選択肢が無いんだよね?
高回転でエンジンぶん回して走るしかないんだよね?
低速だとプラグが
巧い人じゃないと乗りこなせないんだよね?
ヤマガミさんスゴイよね!
アクセルワークを慎重にしなきゃいけないんだよね?
クラッチを気を付けて繋がなきゃいけないんだよね?
半クラ使って絶妙なアクセルワークで……
——ちょっと待て!
ってオレは言った。
——そうじゃない!
カケルに肝心なことを、
大切なことを教えてやらなくちゃイケナイ、
そう思ったんだ。
RZのことを、ピーキーだ、危ないバイクだ、
っていう奴がいるが、そうじゃない。
バイクは、いいか、乗るヤツを選ぶ。
バイクが選ぶ。
いやそれは、なにもバイクだけがそうって訳じゃない。
クルマだってそうだし、
オンナだってそうだろ。
乗りこなす為に必要なのは、テクニックじゃない!
ハートなんだ。
そう言って、オレは胸を叩いて見せる。
RZのハンドルを握るに
そういう奴になるんだ。
ナナハン・キラーと呼ばれる程の、
そういう激しいココロを持つんだ。
ヤマハ・ロケット——
ロケットと同じ、イカレたハートを持った人間になるんだ。
RZと同じくらいブッ飛んだ奴になっちまえば、
RZはもう、別に危なくない。
ここまで言って、
ちょっと恥ずかしくなっちまって、
だってそうだろ、
考えてみればこっちが危ない奴になっちまう訳だから、
危ないことに変わりはない、って言えば確かにそうだし、
で、カケルの顔を見たら、
泣いてたんだ、
あいつ。
普段は細くしかめてる眼を、
大きく見開いて、
自分では気付いてないみたいだった、
ボンヤリした顔で、
あどけない子供みたいな表情で、
無防備に、
口を少しだけ開いて、
そして、
まるで少年のような頬に、
透明な涙が、
その表面に光を浮かべながら滑り落ちるのを、
オレは見たんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます