第8話:深沢カケルという青年

ここまで日記を読んできて、

俺はカケルのことをあまりよく知らなかった、

ということに気付く。

いつもボンヤリ何かを考えていて、


「うん」とか「そうだね」

しか言わない。


そもそも人の言うことなんか聞いてない、

自分のことにしか興味が無い、

人のことを馬鹿にしている。

何だかそんなふうに思っていた。


何か悩んでいるというのは知ってた。

だけど、

こんなに深刻な劣等感を抱いていたなんて、

そんなこと忘れていた、

いや、

こうして改めて読むと、新鮮な驚きを覚える。


そういうお前は誰かって?

そう、

カケルに親友と呼べる人間が一人だけいるとしたら、

それはたぶん俺だ。

だと思う、違うかな?


カケルが中型免許を取りたいと言った時は驚いた。

あのカケルが?

ビックリした。

だって、意外だ。


学校にも行かなくなり、

やることも為すべきことも無く、

引きこもりがちだったカケルが何かをしたい、というのは、

まあ建設的で、

そこそこ前向きな話で、

俺は協力することにした。

三ない運動、なんてクソ喰らえだ。


具体的に言うと、バイトを紹介した。

ガソリン・スタンド。

俺のバイト先。


当時のガソリン・スタンドは、

この十年後に業界を襲った規制緩和に伴う過当競争の嵐はまだ吹き荒れてはいなくて、のんびりしたものだった。特に深夜から明け方にかけての時間帯は、遅番二名と、遅番以外の社員やバイトの何人か、あとその友達、つまり走り屋連中が販売室にタムロして、みんなでタバコ吸ったり、ふざけて騒いだり、自分の車を洗車機に掛けたり、ピットで勝手にオイル交換したり、なんだかやりたい放題だった。

今となっては考えられない。


俺とカケルは夕方五時から夜中の十二時までの遅番で働いた。

カケルの働きぶりは至って真面目だった。

意外と体力もあったし、礼儀正しかった。

タメグチよりも敬語の方が人と話しやすいように見えた。


中型免許ちゅうめん取って、ナニ乗るんだよ」

俺は訊いてみた。

「RZ」

カケルは答え、みんなが笑った。


当時のバイク事情から言うと、

ノンカウルかつネイキッドのバイクに乗りたいなんてお前はジイさんか?

というノリだったのだ。親戚のおじさんのお下がりで年代物のアメリカンを、貰ったその日に遠海山(※バイクの墓場)に捨てて来た、という奴もいた程だ。時代はフルカウルの2スト水冷V型エンジン、精密機械のように高度な技術で造り込まれたハイパワーな「レーサーレプリカ」こそがまさに「バイク」であり、時代の寵児として市場を席巻していたのだ。

ホンダのNSR250、

ヤマハのTZR250、

スズキのRGVガンマ250、

いずれもバリバリの(※古っ、ダサっ)のハイテク・マシンだ。

世に云う、「レーサーレプリカ・ブーム」の到来である。

ちなみにこのブームのアンチであるカワサキのZEFHYRゼファー400の登場までは、あと二年を待たねばならない。


カケルは最初、

「カネ貯まったら教習所行く」

とか言いやがったから、

「バカ止めろ!そんなカネあるんなら単車買え!」

とみんなで言ってやった。

ホント頼りないボンヤリした奴だったのだ。


「じゃあ免許は?」

とカケル。

「試験場に行くに決まってんだろ、一発合格狙うんだよ」


各地域の運転免許試験場では毎日、免許取得のための試験を実施している。まず学科試験を受け、それに合格したら実技試験を受ける、試験場のコースを用意されたバイクで走るのだ。それに合格出来たらその日のうちに免許を交付してもらえる。


もちろん厳しい、特に年齢が若いとなかなか合格させては貰えない。教習所と違って、安全運転ならいい、という訳ではない。制限速度50キロのコースなら、時速49キロくらいでキビキビ走って見せなければならない。


安全確認を大きい動作で「カッカッ」と完璧にこなし、制限速度「ギリギリ」まで元気よく加速、進路変更も左折ならレーンの左、右折ならレーンの右に「ビシッ」と寄せ、鮮やかなアクセルワークで曲がり角も「ヒラリ」と曲がり、停止線ギリギリの位置で「キッ」と停車して、つまり遠く管制所から見ている試験官に、「これでもか」と自分が上手いところを見せつけてやらねば合格できないのだ。だからと言ってもちろん、制限速度をちょっとでも超過したら、「〇〇番!試験終了っ!最短距離で戻って来なさい」とスピーカーで不合格を宣言されてしまう、厳しくも残酷な世界なのだ。


カケルに練習用の原チャリを提供したのは俺だ。

ホンダのMBX50。

2スト水冷単気筒、

総排気49cc、

6速マニュアルミッション、

——約十年前、つまり八十年代初頭、原付バイクの市場すらも席巻していたヤマハRZ、そのRZ50を追撃する為にホンダがリリースしたのが、このMBX50だ。2ストスポーツバイク:MVX250の原付バージョンだ。


「いいの?」

「いいよ、俺、リード乗るし」


中古のホンダLEAD50に、遠海山(※バイクの墓場)で拾ってきた90ccのエンジンを換装・搭載する計画に、当時の俺は夢中になっていて、放課後バイトの収入だけで二台維持するのはやっぱりちょっとしんどくて、手放したかったのだ。


「ありがとうサメジマ」


鮫島俊之さめじまとしゆき、俺の名前だ。そして、ちょっと眼をうるうるさせて感謝するカケルに俺は言い放つ。


「一万円」

「えっ?お金取るんだ……」

「当たり前だろ?」


ホント、世間知らずでボンヤリした奴だったのだ。






























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