第6話:深沢カケルの日記[十六歳]

[一九八六年五月二十七日]※十六歳、高校二年:筆者註


今日から日記を書く、

ひょっとして遺書、ということになるかもしれない、


ぼくがもし死んだ時、理由が分からないとお父さんとお母さんが悲しむし、ワケが分からないとあいつは頭がおかしかったんだと言われるのはいやだ、ぼくは弱虫なだけだ、


ぼくは頭が狂ってなんかいない、自分を何とかちゃんとした人間にしたいと思っているんだ、まともな人間に成長したいんだ、だから


毎夜、十二時に、時間をきめて、自分の勉強部屋のつくえの上で、ティッシュをしいてその上で、カミソリで指の腹をタテに切って、いたくない、いたくなんかない、ぼくは平気だ、こうやって正常な人間になるのに最も大切な 勇気 をたん練しているんだ、血がけっこうドハドバ出るけど、ぼくは目をそらさない、キズ口を開いたらもっと血が出て痛くていやだなと思ったら、逆にキズ口をわざと強く大きく開いて、やっぱり血がいっぱい出て、こわいんだけど、いや、こわくない!こわくない!こわくない!こわくない!こわくない!こわくない!こわくない!こわくない!!!! そう、こわくなんかない、そして、わざとニヤニヤ笑って、おかしくてたまらないみたいに声を殺して笑って、たん練しているんだ、ちゃんとした人間になるんだ、ふつうの大人になるんだ、


お小づかいを使って薬局に行って、


——精神たん練セット——

ばんそうこう(大型、切って使うタイプ)

消毒薬

ガーゼ

紙テープ

布テープ(血が止まらない時、止血用)

包帯

はさみ(小型)

カミソリ(これが一番重要)


を買って、ちいさなふくろにまとめて入れて、それをつくえの下の引き出しの奥の方にしまっておいて、親には秘みつにしている、バレたら親にもらった体になんてことを、とか言われてきっと怒られるし、泣いて悲しむかもしれない、自分の息子が、学校でバカにされたり、にらまれたり、おどされたりしてるなんて知ったら、そんなこと親には絶対に絶対に絶対に知らせられない、ぼくが自分でがんばって強くなるしかないんだ、精神たん練セットは自分だけの秘みつだ、親には絶対に秘みつだ、いつかしっかりした大人になって、その時になったら話してもいい、こういう工夫をして、おかげでぼくは一人前の人間に成長したんだって、自まんしてもいい、今はダメだ、弱虫なのがバレてしまうじゃないか、ぼくがみじめな人間だとバレてしまう、


人と会うのが怖い、

人と目が合うのが怖い、

人と話すのが怖い、

自分のこのイビツでみじめな心がバレてしまう、

学校でトイレに行くだけでもイヤな汗をいっぱいかいて、

暑くもないのにサラサラした汗が大量に出て、

トイレで鏡を見たらやっぱり汗をいっぱいかいていて、

なのに顔はなんだかニヤニヤ笑っていて、

急にものすごく悲しくなって、

泣きそうになってそれをガマンしたら大きなオナラが出て、そしたらギャハハてめえバカじゃねえの死ね、って同じクラスのヤツに言われて、てめえが死ねぶっ殺すぞって言いたいんだけど、でもぼくはうふふ変だねオナラだねってアイソ笑いしながらなんだかおかしな返事までして、なんか逆に変な顔されて、あっごめんとか何とかあやまってみたりして、もっともっと変な顔されて、そりゃそうだ、と自分でも思ったりして、

きっとぼくは、

もう死んだほうがいい、


ぼくがすべてに劣った人間なのは、

おく病だからだ、

自分がキズ付くのを怖れてるからだ、

キズ付くのが怖くてたまらないんだ、

だから、

キズ付くのになれてしまえば、

キズ付いても平気になってしまえば、

きっとぼくは胸をはって生きていける強さを、

自分のものにできるんだ、


みんなはそういう強さを最初から持ってるんだ、

ぼくだけが弱い、ダメな人間なんだ、


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