第3話:深沢カケルという少年

 缶ビールに手を伸ばしながら、思わずニヤニヤしてしまう。怪物、バケモノ、この世ならぬ、——なるほど、凄まじい。さすが、実在そのものが疑われた程の、非現実的で、クレイジーな単車乗りだ。


 しかし、子供の頃の彼は、

 カケルは、

 そんなイメージとは大きくかけ離れた、あまりに弱々しく、他の子よりも劣った子供だった。まあ、在りがちなことではある。そう、オレは人間魚雷を直接知る、数少ない人間の一人だ。幼少期からの付き合いなのだ。


 小学校低学年の頃の彼は、背も小さく、痩せていて、あまり喋らない、ぼんやりした子供だった。そんなカケルは、当然ひどいイジメられっ子だった。毎日泣いている、そういうイメージだ。毎日泣いてるせいなのか、眼が大きく、その眼はいつも不安げに大きく見開かれていた。


 二年生の時、クラスの男子に揶揄われたり、イジメられたりして、極度に怯えやすい彼の、その反応が面白くて、男子生徒たちはカケルのことを軽く叩いたり、それを嫌がって逃げる彼を、集団で追い駆けたりした。カケルは泣き叫び、大きな眼から涙をこぼしながら、


 やだっ! やめてよぉ、こわいからあっ! やめてぇ、……


 と嗚咽に咽びながら、わななく声でそう訴えた。いや、作り話じゃない、実際にあった場面だ。オレは子供の頃から彼のことを間近に見てきたのだ。しかし「やめてよー、こわいから」とは、芸の無い言葉だ。子供とは言っても、もう二年生な訳だから、もう少し、何かしら言いようがあったろうし、やりようもあった筈だ。しかし彼は実際のところ、ぼんやりしてることが多い、やや暗愚な子供だった。今のオレが何の予備知識もなく当時のカケルを見たら、きっと発達障害を疑ったに違いない。


 そして泣きながら、彼は担任の若い女性の先生の後ろに隠れ、しかしその女性教師も、あまりにオロオロして怯えているカケルの姿をオカシイと思うのか、或いはふざけてると思ったのか、笑いながらカケルを、その男子生徒たちの前に押し出そうとする。


 ほら、深沢くん、深沢かけるくん、しっかりして。


 ひっく、んっ、やだっ、助けてぇっ! やだよぉ、……


 女の先生の脚にしがみ付いて、カケルは震えながら泣き続ける。本当に弱い子供だったのだ。


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