図書館(2話)


 あ、今日も来た。


 最近気になっていること。それは、静かな市民図書館のすみっこの自習スペースで私が課題をしているときにやってくる。


 図鑑の棚からこちらを難しい顔をして覗き見る男の子。高校生になって勉強が難しくなり、予定のない放課後や土日に図書館で自習をするようになったのだけど……。


 「(私、何かしたかな?)」


 季節は初夏。心地良い木漏れ日ゆれる窓際のお気に入りの席を見つけてから、この男の子とのささやかな交流が始まった。しばらく見ていて気づいたことがある。それは、


 その1、私の席の近くに座ってくる。広々とした机は他にも空いているのに、斜め前や目の前にぼすん、と座る。

 その2、手元の昆虫図鑑を熱心に見つつも、ちらちらこちらを覗き見てくる。目が合うと「図鑑読んでます」というふうにあわててまた目を逸らす。

 その3、かわいい。


 最初こそ、何かしたかな?嫌われてるかな?なんて警戒して見ていたけれど、図書館で夢中になって昆虫図鑑や鉄道図鑑を見る様子は真剣そのもので、あわてて逸らす表情もかわいい。きらきらした眼であれこれ読みふける様子はとても微笑ましく、ひそかな私の癒やしになっていた。

 「今日も調べ物?偉いね。」

 なんて声をかけると、ぺこっとお辞儀をする仕草がなんとも……。いい子だなぁ、なんて思いながら私も頑張ろうと参考書とノートに向かうのである。5ページくらい頑張ったらお気に入りの新刊小説を読み始めてしまうのだけれど。


 そんなある日、男の子との関係が変わる出来事があった。


 いつも静かに図鑑を見たり児童書を読んだり(冒険物かな?)している男の子だけど、その日は様子が違った。

 いつも私が座る席の正面に突っ伏して、なにやら小さな声で「僕だけが悪いわけじゃ……」なんて声が聞こえる。よくよくみると図書館のテーブルには小さな水たまりができていて、男の子の腕やおでこにはいくつもの傷があった。

 何事かと思って、大丈夫かと聞きたかったけれどまだきちんと話したこともないし、歳上の人からいきなり話しかけられたらびっくりするかもしれない、そもそも嫌われていたらどうしようなんてことが頭の中をぐるぐるして、それでも口から出た言葉は。

 

 「よかったら使って?」


 お気に入りのピンクのタオルハンカチ。猫の刺繍入りで友達とお揃いのそれを男の子に差し出した。まずは涙を拭いてもらおうと思ったから。


 「あと、これも。」


 絆創膏はよく転ぶ私には必需品。でもこの日ほど持っていてよかったと思ったことはない。


 「あ、りがとう、ございます……」


 びっくりして顔を上げて、うん。やっぱり、きらきらした眼がとてもきれい。周りの全部がきらきらして見えたあの頃を思い出す。

 受け取ったのを確認すると、私はいつもの席に座る。男の子だから泣いてるところ見られたら恥ずかしいかな、って思って普段通りにしたつもりだったんだけど、内心すごくどきどきしていた。本当は人見知りがちで、必要以外は限られた友達ぐらいしか自分から話しかけたことなんてないから。

 不思議そうにこちらを見たあと、思いっきりごしごしと涙を拭く男の子を見て、ほっと胸をなで下ろした。

 

 その日から、男の子とお喋りもするようになったんだ。 

 

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