始まりは別れから

第1話『魔王は居ない』

 今から200年前、『魔王』は5人の大魔導師、5人それぞれの一番弟子、そして1人の勇者によって倒された。


 その後、大魔導師たちは別れ、それぞれが、王国の建国に尽力した。それにより、魔王によって占領されていた大陸が分かれ、アルカ王国、アルカディオ王国、ミルドパリ王国、キューロン王国、シャロティア王国の5つの王国が生まれた。


しかし勇者は、王国誕生と共に姿を消した。その理由は分からず、今となっては、勇者の存在を知っていた人も、ほとんどが死んでしまったため、もはや勇者は伝説上の存在となっている……。



 そんな在り来たりな前置きは、置いておき、俺は今、アルカ王国の中学を卒業するらしい。


『らしい』と言うのは、入学してから俺は、一度も登校していないからだ。別にニートだったわけではない。父親から外出を禁止され、家庭教師による教育しか受けていないのだ。


少し周りを見渡せば、涙を流して顔をぐしゃぐしゃにしている者もいる。


 そして思う事がある、ヤバいまったく泣けない、全然感動できない。


親しい友達も居ないし、信頼できる教師はいるがここには居ない。めちゃくちゃ気まずい、気まず過ぎる。


卒業式ってもっと華やかだと思っていたのにな~。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 そんな卒業式もスラッと終わり、想像との違いにがっかりしながら、俺は校庭に移動していた。どうやら、記念写真を撮るらしいのだが、一緒に撮る奴が居ない俺は、ただ寂しくて辛いだけだ。


「はぁ~、来なきゃよかった…かな…」


 その時、お祝いムード一色だった周りの空気が急に凍るように変わった。それだけでない周りの視線がだんだん俺に近づいてくる。


しかもその視線は、ただの視線ではない。ドン引きの視線だ。理由は単純で、とても分かりやすい。


俺の父親、夏目竜玄(なつめ りゅうげん)が上機嫌に大笑いしながら近づいてくるからだ。


「お、こんな所にいたのか。卒業式も終わったし、帰るぞ」


周囲からドン引きされていることなど全く気にせず、上機嫌に大声で名前を呼んでくる。


ほら、やっぱりあいつだ。どんなメンタルしてんだよ………。


だがこういう時は、他人の振りをするといいと家庭教師が言っていた。だから他人の振りを、他人の振り、他人の… 出来るかぁー!


「うる……って、居ねぇし」


うるせぇと言ってやるつもりだったが、あいつ移動するの速っ!


「まぁ、外に出られたしな…」


外に出ること事態が珍しい俺が新鮮な気分を味わえただけ良しとするか。そうでもしないと気が滅入ってしまいそうだ。


せっかくそんな風に考えていたのに、それを壊すように校庭に車が勢いよく走ってきた。


「ほら乗れ、行くぞ」


車の運転席から顔を出し、上機嫌に声をかけられる。学校の敷地内まで乗ってきてるが、大丈夫なのだろうか。


教師らしき人物達も諦めているのか全く注意してこない。もう呆れられてる。あ~コイツ、いつもこうなんだ…。


心中そんなことを思いながら車に乗り、帰路に就いた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



中学校から家に帰る途中、車から外の景色を見る。


「あの店も、閉店したのか」


入学式から三年近く経過している。それだけ時間が経っていれば、家の周りはかなり変化している。そんな変化にもかなり寂しさを感じる、自分の知らない所で身近なものが変化するのは、寂しいもんなんだな。


まぁ、そんなことはどうでもいい、もっと言わなくてはならないことがある。


「さっきはありがと、その、ちょっと、救われた」


こんなことを言うのはかなり恥ずかしいが、事実としてかなり救われている。コイツはいつも上機嫌で、周りから引かれるほど笑っているがTPOは弁えているのだ。


今日のように雰囲気を壊すようなことを、普段はしない奴だ。少なくとも今日みたいな日は、特に。つまり俺は、気を使われたということだ。まったく、変なことしやがって。


「な、何のことだ?」


わかりやすっ!隠すの下手かよ。


「そうだ幻生(げんせい)、俺今日病院行くから、家事頼んだ」


「ん~」


何か話をはぐらかされてる気がする。


ん?、病院、病院、病院!?


「はぁぁぁぁ!病院ってどゆこと?」


「ちょっと体の調子悪くてな、そゆことだ」


「いやいや意味わからん嘘だろ、いきなりすぎるだろ」


「嘘とは酷いな、本当だよ。少し検査するんだ」


「はぁ~」


ごり押しで話を進められ、全く理解出来ない。とりあえず検査する事になっているみたいだな。


「おら着いたぞ、家事よろしくな」


「わかったよ」


納得はしてないが返事をしておく。呆れた。いやもう呆れるしかねぇ。


あっ、そうだ。


「何時ぐらいに----」


またかよ、もう居ないし、どんだけ急いでんだよ。帰る時間いつになるか分からねぇだろうが。


はぁ~、仕方ないな夕飯ぐらいは作っといてやるか。


母親の居ない俺だか、今なら昨日小説に出てきた帰る時間を聞く母親の気持ちが何となく理解できる。そんなちょっとした母性に目覚めながら家に入るのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「は?、検査入院?」


あまりに帰りが遅かったため、仕方なく病院に問い合わせたら予想外なことを告げられる。


「あぁ、言ってなかったか?」


「検査としか……ってまさか」


「そのまさかだ!」


今すぐにでも電話を切りたい、声からでも今アイツがドヤ顔しているのが分かる、電話掛けなきゃよかった。


「それで明日、服とか持ってきてくれ、バック忘れて置きっぱなしだからよ」


「わかった、明日持ってくよ」


今日の少しでもあんたを格好いいと思った、あの時の俺にそうでもなかったと教えてやりたい。


「おう、よろしくな。そうだ、自転車乗ってきてもいいぞ~」


じ、自転車だと、前言撤回、電話かけてよかった。お前超格好いい。


あの素晴らしい乗り物に乗って来てもいいだと!ヤバい、外に出れるのにくわえて、自転車に乗れる。


まだ地下でしか乗ったことがないから、ワクワクが止まらない。外の風を味わえるとは。考えただけでも、笑みがこぼれる。


「マ、マウンテンバイクでもいいのか!」


返事がない。あ、電話切られてる。


「まぁ、ダメと言われても乗ってくからな」


電話が切られ、すでに誰も聞いていない電話に向かって言う。


もし、その姿を見た者が居たなら、やっぱり親子だと思うほど似ている上機嫌に笑いながら。




電話から少し経ち、廊下からリビングのテーブルに目をやると、ラップのかけられた料理が並んでいる。アイツのために作っておいた料理だ。


「ったく、無駄になっちまった」


別にいいんだか、まったく気にしてないもんね。


明日、朝にでも食べるか。よし、今日はもう寝よう。風呂も入ったし、起きてても心配するだけだしな。あんな奴に心配して体力使うのは御免だ。


そうしてベットに入り、眠りつく。

しかし、結局心配してしまい、眠りに就くのは夜中になるのだった。


「また、同じ夢か…」


そんな一言と共に夏目幻生(なつめげんせい)は目を覚ました。


昨日卒業式だったため、3週間は、のんびり出来る。特殊能力科の学校は、この3週間で試験があるらしいが、俺は普通高校に入学が決まっているから、のんびり出来る。


これまでと変わらないのでは?という声が聞こえてきそうだか、普段、普通に学校がある日は、登校してなくても、学校の予定に合わせて家庭教師が授業をしにくるので、登校するか、しないかの違いしかない。


それにのんびり二度寝をしようとしても、「朝だぞ、起きろー」と、アイツが邪魔してくるから、寝たくても寝れない。


そろそろ来る頃だと思うが、今日は珍しく来ないな。


あっ、アイツ、入院中だったわ。


全然のんびり出来ないじゃん。でも二度寝もしたいし、悩むな~。



「まぁ、一応父親だしな」


悩んだ結果、仕方なく起き上がり、リビングに向かう。



リビングのテーブルには、昨日アイツが食べなかった料理が並んでいる。かなりの量あるが食べるしかない。小さな戦いが今、ここに始まった。



まず始めに食べるのは、皿に山のように乗った特大の唐揚げだ。軽く見ても30個はありそうだ。


その次に、何故か冷蔵庫に沢山あったコロッケだ。正直、いつの物だか分からないから食べたくはない。


そして最後に、サラダと言うには、多すぎるほどの野菜の山。


どう考えても食べられる気がしないが、これらは時間が経っていて、今食べないと厳しそうだ。他のものは、昨日作った物だから冷蔵庫で保存しておこう。


「よし! いただきます」


覚悟を決めて食べ始めた。


意外に早く食べられたのは、サラダだった。種類がいろいろあって、食べていて飽きることが無かった。


コロッケも朝に食べるには厳しそうだと思ったが、そうでもなかった。むしろもっと食べたいと思うほど美味しかった。


逆に辛かったのは、唐揚げだ。味は美味しかったのだか、大丈夫だったのは最初のみ。中盤からは、ただゴムを沢山食べているような気分になる。最後らへんは拷問でしかなかった。もう当分は、唐揚げを見るのも嫌になった。



しかし、食べきった。食べきったぞ。よくやった俺。しかし何故だろう、胸の奥から何かが込み上げてくる。


「ごち……うっぷ、、、」


ごちそうさまと言おうとした瞬間、本能的に口が固く閉じた。ヤバい、奴が来る。


急いでトイレへ向かった………。

その後、トイレで吐いたのかどうかは、伏せておく。


こうして、小さな戦いが終わりを告げた。




朝食を済ませた俺は歯を磨き、寝間着から戦闘服に着替えた。普段の私服も一応あるが、外に出るときは絶対に戦闘服を着ることが竜玄(りゅうげん)との約束だ。


昔からしている約束だか、一度死にかけてからは、絶対に守るようにしている。


「さて、行きますか」


病院に行くための準備が終わり玄関に立った。普段は、自分で開けることがないドアにドキドキしながらドアを開け外に出る。


「いってきます」


この言葉も初めて言った気がする。初めてだらけで、一つ一つが楽しくて仕方ない。


そんな興奮を一旦鎮め、自転車に乗って病院へ進むのだった。




魔王が倒されて200年、この王国は魔法だけでなく、科学も進歩した。町には魔力ではなく、電気が通り、街灯がある。道路は土を固めたものではなく、アスファルトで出来ている。


つまり、何を言いたいかと言うと、自転車って素晴らしい。


この素晴らしい乗り物を考えた奴、マジでよくやった。空気を切って進むこの感じ、たまらない。乗れるようになるのは大変だったが、それに見合うだけの楽しさがこの自転車にはある。



そんな風に楽しんでいたら、病院に着いてしまった。


よく考えてみたら近くないか?


家からの距離が500メートルぐらいしか、離れていないように見える。自転車をもっと楽しみたいのに、これじゃあ近すぎる。


でもこれからいっぱい乗るわけだし、この楽しみはまだ残しておこう。




自転車にしっかりと鍵を掛け、病院に入った。入ったのはいいが、どうしよう、何すればいいんだ?そのまま病室に行けば良いのか?受付に行くのか?


俺は立ち尽くすしかなかった。


そんな俺を見て、女性の看護師が声を掛けてくれた。


「君もしかして、幻生(げんせい)くん?」


「はい、そうですが…」


何故俺の名前を知っているんだ?この人とは初対面のはずだけど、俺の名前を知ってるってことは、アイツが話したのか?


「やっぱりそうなのね。竜玄(りゅうげん)さんから聞いてるわ。幻生(げんせい)がここまで来れるか不安だからって頼まれたの」


やっぱりそうなのか。少しイラッとくるが、困ってたのは事実なので、何も言えない。


「そうなんですか、助かります」


「うん。ちゃんと付いてきてね」


ここはとりあえず、プライドは捨てて、頼るとしよう。だって行き方分からんし。病院まで来れたのも偶然だし。




看護師さんのお陰で無事に着くことが出来た。やっぱり人には頼ってみるものだな。


「ありがとうございます。看護師さん」


そう言って俺は看護師さんに一礼する。


「いえいえ、これも仕事ですから。はやく会ってあげて」


「いえ、本当に助か……」


頭を上げ、前を見てみると、居ない。さっきまでここに居た看護師さんが居ない。えっ、もしかして幽霊? ゴースト型の魔物は存在している。だがあれは、人だった。半透明でも、なかった。


よし、もう考えても怖くなるだけだし、考えるのやめよう。



気を取り直して、病室の入り口に体を向ける。

どうせアイツのことだ、心配させるだけさせて、能天気にゲームでもしてそうだな。


ドアを横にスライドし、開ける。


「よぅ、げんせぃ……おそかったな……」


ベットに弱々しく寝ている。言葉一つ一つに元気がない。その姿に俺は言葉を失う。


いつものアイツなら、もっとウザイはずだ。


言葉一つ一つに元気がありすぎてうるさいはずだ。


もっと笑っていて、テンションが高いはずだ。


冗談だもと思ったが、竜玄(りゅうげん)は、こんな感じの嘘だけは、つかないと約束しているのだ。だからこれは冗談ではなく。本当にヤバいのか。


「そぅ、湿気た顔をするな。こっちに来い」


「本当にヤバいのか?」


「あぁ、もって、今日一日だそうだ」


「………」


何も言えない。言葉が見つからない。こいつが死ぬなんて考えてもいなかった。


すると竜玄(りゅうげん)は、少し笑って話しかけてきた。無理をしているのだろう。その笑みは、かなり痛々しい。


「時間がない、しっかり聞けよ。まず最初に、幻生(げんせい)、お前、ここを受験してこい」


そう言うと、竜玄(りゅうげん)は、ベット隣の引き出しから受験票を出してきた。特殊能力科と魔法科の2つの科がある、アルカ学園の受験票だ。しかもその受験票は、普通のものではない。


赤い色をした受験票、特別推薦の受験票であった。


「いや、俺はもう普通高校に入学が決まって…」


「それなら…キャンセル……しといた…ぞ」


「ん!キャンセルしてきた!? お前勝手に何してるんだよ。それに俺、特殊能力持ってないだろうが!」


無能力者だから普通高校も受験することが出来たってのに何を言っているんだ。


「特殊能力なら、もってるぞ、お前」


「は?」


普通に否定された。それにしては俺全然、能力使った感覚無いんだか。


「お前の特殊能力の名は『主人公』だ。効果は主人公っぽいことが、なんか起きるっていう能力だからな。この特殊能力は勝手に発動してしまう能力でな、お前の意思関係なく発動する」


さらっと言われたが、何言ってるのコイツ?じゃあ何で俺の意思に関係なく発動するのにこれまで発動しなかったんだ?しかし、質問は出来なかった。


竜玄(りゅうげん)が吐血したのだ。それをみた俺が医者を呼びに行こうとしたら止められた。まだ話すことがあるらしい。早くしてくれ。じゃないとお前の命が…。


「俺は…いいんだ…お前はとりあえず…この学園に入学する…こと。次にもっと…重要なことを、話して…おく。よく…聞けよ…」


「なんだ?」


俺は少し怒りながら聞いた。当然だ。コイツは今、俺の入学をチャラにして、しかも自分の命はいいだと。ふざけるな。


「そう…怒るな。俺は…俺はな…『魔王』なんだ…」




200年前、魔王は倒された。


そして魔王は誰も知らない所で復活していた。


その魔王は、俺の父親、夏目竜玄(なつめりゅうげん)だった。

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この物語の主人公は主人公ですか? 落ち武者でありたい @ochimsya56371

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