第8話

 二人は寂れたラブホテルの一室にいた。その中でも一番安い部屋で、ベッドのシーツは随分とくたびれている。そのベッドの上に二人は座っていた。

「ちょっと。どうしてこんな所にいなきゃならないわけ? あなた変なこと考えてないわよね?」ミサキは固く腕組みしてソウジをジロリと睨んだ。

「誤解しないでくれよ。今は時間が来るまで大人しくしてなきゃダメだろ? それにここらへんで隠れるって行ったらここしかなかったんだから」

「本当かなぁ?」

「なぁ、そんなことより教えてくれないか? 君がどういう研究をしているのか。こっちは君の命を救うために色々と体を張ってるんだぜ? 何よりこれは君を救うためでもあるんだ」

 ソウジは両手をつきグイとミサキに顔を近づける。ミサキは頭をボリボリと掻くと、諦めたようにため息を一つついた。

「……もう、わかったわよ。でもこれは絶対に口外してはダメ。それだけは約束して」ミサキは念を押すと真剣な眼差しでソウジを見つめた。

「私たちはね、重力制御装置を利用した時空間転移、……早い話がタイムマシンの研究をしているのよ」

「タイムマシン?」ミサキの口から出たタイムマシンという単語にソウジは眉間にしわを寄せる。

「そんな顔をするのは無理もないわ。そりゃ普通は漫画みたいな話って思うわよね。でも研究は順調、ついこの間は私が被験体になって実験もした。でもそれからなの」ミサキは指先で自分のこめかみをグリグリと押さえた。

「君の記憶が飛ぶようになったのが?」

「ええ。色々調べてみたんだけど、今の所解決の方法はわかってないわ」ミサキはおどけるように手を広げた。だがその表情にはうっすらと不安がうかがえる。

「なるほど……。奴らの狙いは間違いなくそれだ。でも解らないな。なぜ君を狙うんだろう? 直接タイムマシンを狙えばいいものを」ソウジは顎に手を当てると「ううん」と唸った。

「私を狙う理由もわかってる。そのタイムマシンだけど、私じゃないとうまく作動しないの」

「なぜ?」ソウジの眉がピクリと動く。

「装置にはロック機能をかけてるの。なんたって完成すれば世界が一変するような代物よ? だから装置にはいくつかの生体認証をクリアできないと作動できないようにしてあるの」

「そいつを聞いて納得したよ。君そのものが鍵だったんだな。そりゃ血眼になって奴らが君を探していたわけだ。確かにそんなものが完成すれば世界が一変するな」ソウジは人差し指を立てくるくると回して見せた。

「本当はね、たまたまなの。元々私たちは素粒子実験による基礎科学を行なっていたんだけど、ある時ついに重力子っていう粒子を発見したの。もちろんこれはとんでもない大発見よ? でもその重力子を一箇所に集めることで重力場を形成して別の時空間の転移ができるって分かったの」

「じゃあ、そのタイムマシンがあればいつでもどこでもタイムトラベルができるってわけだ?」

「残念だけどそう簡単にはいかないわ。まだまだ未完成品だもの。装置の稼働には莫大なエネルギーを使うし、どの時空間に行けるかさえもわからない」

「おいおい、行き先も選べないっていうのか?」ソウジは呆れた様子で首を左右に振った。それを見てミサキはムッとしたように顔をしかめた。

「だから! 未完成品なんだって。いい? 装置はまず重力子を集めて重力場を作るの。つまりそれが入り口。それと同時に重力子の波長を計測するのね。で、計測した重力子と同じ波長を持つ別時空間の重力子を検出して、そこに出口となる重力場を作り出すわけ。重力子波長が揃わないといけないからそんなお手軽に時空間転移はできないのっ!」ミサキは腕を組むと口を尖らせてそっぽを向いた。

「え〜っと、いまいち分からないんだが、その重力子ってやつの波長が同じ時代と場所じゃないと入り口と出口が繋がらないってわけか」

「そういうこと。重力子波長は重力場を作るたびに変わるから毎回同じ時代と場所に行けるとは限らない」

「そうか……」ソウジは力なく呟くと目を伏せた。

「どうかした?」

「いや、別に。……ん? ちょっと待て。ってことは君は最初からなぜ自分が狙われているか知っていたってことか?」

「心当たりが全くなかったわけじゃないけど、絶対にタイムマシンのことは知られていないと思ってた……。だってこの研究を知っているのは極わずかな人しか知らなかったし、装置も厳重に管理していたから……」ミサキはチラチラとソウジの顔を見ながらか細い声で応えた。

「そりゃまあそうだけど……」

「それであなたは何を?」今度はミサキはベッドに両手をつきソウジに顔を寄せる。

「何って?」ソウジがキョトンとした表情でミサキに聞き返した。

「何じゃないわよ。この際だからあなたのことも教えてよ。私はとんでもない秘密を話したのよ?」ミサキは小鳥のように口を尖らせた。思い返せばこの男の素性を何も知らない。知っているのは名前と今日のことを予知していたということだけだ。今の今までよく疑問に思わなかったなとミサキは思った。

「そうだな……。それは研究所に行きながら話すよ」

「何よそれ。もったいぶって」ミサキは頰を膨らませると腕を組み膝立ちした。

「もう時間だ。さあ、車を探そう」ソウジは傍らに置いたバックを引っ掴むと勢いよく立ち上がる。ベッドが波打ちミサキは「きゃ」と短い悲鳴をあげてひっくり返った。

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