第6話

「見てみなよ。大勢のけが人や死人が出てるっていうのに例の二人組のニュースはどこにもないぞ」ソウジがスマホのニュースサイトをミサキに見せた。

「本当だ。……あっ、でもそれらしい記事はあるわ。レンダイ町交差点で轢かれそうになったのは飲酒運転って事になってるし、地下鉄での騒ぎは乗客同士の喧嘩が原因って事になってる」ミサキはソウジのスマホを手に取ると指でスラスラと画面をスクロールした。いくつものニュースサイトを覗いてみるが二人組に関する記事はどこにもなかった。

「やっぱりな」ソウジは眉間にしわを寄せミサキからスマホを受け取った。

「どういう事? やっぱりって」

「事件をもみ消したんだよ」

「もみ消したって、あの二人が? 【鶴】と【亀】だっけ? まさか、そんなのできるわけないわ。目撃者だって大勢いるのよ?」ミサキは呆れた表情で頭を振った。

「いや、不可能じゃない。始まりの園ってのは君が思っているよりもずっと大きい組織だ。信者は日本各地、いたるところに存在している。当然警察関係者の中にも。かなりの役職についている人間もいるだろうな。だから事件を別のものにでっち上げることだってできるんだ」ソウジは真剣な面持ちでミサキを見つめた。気圧されたミサキは思わず一歩後ずさる。

「警察にも? 冗談でしょ?」

「いや大真面目さ。だけど当然簡単にできるわけじゃない。君の言う通り目撃者も大勢いるし、死人も出ている。警察関係の信者にとっては大きなリスクだろう。だがそのリスクを押してでも君を狙うってことはそれ相応の物を君が持っているってことじゃないか?」

「知らないわよ、そんなこと! それよりどういうことなのよ! 今日のことを知っていたなんて」ミサキは目を釣り上げると顔をぐいっとソウジに近づけた。今度はソウジが半歩後ろに下がる。

「ああ、本当だ。一時間前の君にも言ったんだけど、十年前から今日の出来事が断片的だが見えるんだよ。なんていうかな、映像が途切れ途切れに脳の裏っ側に見えるって感じなんだ。朝起きると必ずその映像が見える。内容はいつも同じ。君と二人の男のことだけだ。君の顔も二人組の男たちの顔も、君がいつどこで襲われるかっていうのがね。信じられるか? 僕はそれを十年間、毎日毎日見てたんだぜ?」

「どうして私たちのことだけなの?」

「そんなの知るかよ。こっちが聞きたいぐらいだよ」ソウジはわざとらしく肩をすくめた。

「それで私はどうなるの? 助かるの?」ミサキは強張った表情でソウジを見つめた。ミサキにとって一番気になるのはやはりそこだ。

「残念だがわからない。……どう言うわけかいつも最後の方が見えないんだよ」ソウジは眉を八の字にしながら後頭部をポリポリと掻いた。

「はあ? 何それ! なんで肝心のところがわからないのよ!」

「だからこうして君のところに来たんだよ! もしその映像の結末が殺されちまうって内容だったら放っておけないだろ!」ソウジが思わず出してしまった大声に周囲の人間が二人に視線を向ける。ソウジは慌ててミサキに頭を下げた。

「ごめん、怒鳴ったりして。でも本当に君を助けたいんだ」

「わかった。……ありがとう、来てくれて」ミサキは目線を横に向けたまま言った。

「それで? これからどうするつもりなの?」

「そうだな……。ちょっとこっちにきてくれ」

 ソウジは人気のない路地裏までミサキを連れていくと、背負っていたバックの口を開き中を引っ掻き回した。

「さ、これに着替えてくれ。ああ、あとこれも」

「えっ、何これ?」ミサキは引きつった表情を浮かべながら差し出された物を手に取る。目の前で広げてみるとそれは襟や裾の部分にフリルがついたピンクのワンピースにカールが強くかかった金髪のウィッグだった。

「何って、それに着替えて奴らの目を欺くのさ。印象を変えれば連中の追跡を逃れられるかもしれないだろ?」

 ソウジは再びリュックを背負うとミサキに得意げに口元を歪めた。

「あのさ、それ本気で言ってる?」

「ん? どうして?」ソウジはキョトンとした表情で首を少し傾ける。それを見てミサキは呆れたようにため息をついた。

「あのねえ。一体何なのよ、この真っピンクのワンピースは? 今時ピアノの発表会でもこんなの着ている子いないわよ。それにこの金髪のウィッグなんかパーティグッズじゃない! 悪ふざけした大学生じゃないだからさあ。こんなものに着替えたら目立ってしょうがないわ。自分から居場所を教えるようなものじゃない!」

 ミサキは変装グッズをソウジに突き返した。ソウジはワンピースとウィッグを見つめながらしきりに首を傾げる。

「そんなに変かなあ。普通だと思うんだけどなあ。女に人ってみんなピンクが好きだと思ってたのに……」

「男子小学生みたいな発想ね。でも気持ちだけありがたく受け取っておくわ。でも今の私の格好も目立つわね。どこもかしこもボロボロだもん。どこかで替えの服用意しなきゃ」

「わかった。それじゃあ一緒に新しいのを買いに行こう。あんまり君を人目のつくところに連れて行きたくはないが仕方ない。僕一人じゃ永久に君が満足する服を見つけることができないみたいだし」

「ねえ、その前に教えてくれない? どこか行くあてはあるの?」路地裏を出ようとするソウジをミサキが呼び止めた。ソウジは振り返るとポケットからスマホを取り出した。

「君の勤め先に行く」ソウジは地図アプリを起動しミサキに画面を見せた。画面中央にはミサキが務める研究所が表示されている。

「研究所の場所まで知ってるの? でもそんなのダメよ。絶対に無理。部外者を入れるわけにはいかないわ」ミサキは頭を左右に振るとスマホをソウジの方に押し戻す。

「そんなこと言ってられないだろ。君は命を狙われているんだぞ」

「だいたい研究所に行ってどうするつもりよ。そこに行ったら助かるって保証はあるの?」

「ある。君の研究所と研究している内容が重要なんだ」


 黒いセダンが夕日のオレンジ色の光を鮮やかに照り返しながら道の脇に停車していた。運転席と助手席には【鶴】と【亀】が、後部座席の足元には体のあちこちを折り曲げられたスーツの男が横たわっている。

 運転席でスマートフォンをいじっていた【鶴】はわずかに眉を八の字にすると少し薄くなった頭頂部をポリポリと掻いた。

「ダメですねぇ。どうやら彼女を見失ったようです」【鶴】はそう言うとカーナビに手を伸ばした。

「いけません。いけません。みんな頑張らないといけません。またギューってしますか? 【鶴】さん」【亀】が大きな体を左右に揺さぶりながら【鶴】の顔を見た。

「待ちなさい【亀】さん。それは後です。私が思うに、彼女には協力者がいますね」

「協力者? そいつは悪い人ですか?」【亀】は眉をピクリと動かした。

「もちろんですよ。ですが変ですね。どうも私たちのことを知っているような感じがする」【鶴】はカーナビの画面から手を離すと車をゆっくりと発進させた。

「いけません。いけません。そいつのことギューってします!」

「ええ、いいでしょう。その前に例の物を抑えておきましょうか。【亀】さん、一つお願いがあります。賢人方に繋いでもらえますか?」

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