第4話

 交番がすぐ近くにあるレンダイ町交差点は相変わらずの風景だった。行き交う人々の雑踏や大量に流れる車で騒々しいが、いたって平和な日常。

 ミサキはその様子に少し安心しつつ交番に向かって駆け出し、後ろを向いている警官に向かって声をかけた。

「あのっ、すいません!」ミサキの切羽詰まった声に警官がビクリと肩を振るわせミサキに顔を向けた。

「な、なんですか……どうしたんですか!、その格好! 何があったんです!」ミサキのボロボロの格好を見て警官が慌てて詰め寄った。

「おかしな二人組に殺されそうになったんです! なんとか地下鉄で逃げてきたんですけど、そいつらずっと私を追いかけてきて、それで、私、その二人が……」

「大丈夫、落ち着いて! 大丈夫。……それでその二人組の格好とか、人相とかわかりますか?」警官は呼吸を荒げ早口になるミサキの前に掌を出し、なだめるように優しく言った。

「はい……。ええと、二人とも白いポロシャツに黒のジャージパンツみたいな格好してて……。一人は中年の男で、もう一人は大柄な坊主の男でした。ずっとニヤニヤしてて、とにかく君が悪いんです!」ミサキは二人組の男の顔を思い出すと思わず身震いした。あのどす黒い狂気を笑顔で薄く包んだような不気味な顔は忘れたくても忘れないだろう。

「襲われた場所はどこです?」

「テンマ町の立体駐車場があるところです! 私だけじゃない、他にもたくさんの人が襲われて……」

「えっ?」警官は無線機に伸ばしていた手をピタリと止め、ミサキの顔をじっと見つめた。

「な、なんですか? 一体?」

「そんな大通りで襲われたんですか? しかもあなたの話を聞くに他にも被害者がいるみたいですが、こちらにはなんの通報も連絡も入ってないんですよ」

「わ、私の話がデタラメだって言いたいんですか! こっちは危うく殺されるところだったっていうのに!」ミサキが顔を真っ赤にして警官に顔を近づけた。

「ちょっと、落ち着いて! 誰もそんなこと言ってませんよ。ただね、そんなことが起きれば何かしらの連絡が来るのが普通じゃないですか。でも本当に何もないんですよ。今の所はね」警官はミサキの勢いに圧倒されて思わず仰け反る。

「そんな……。じゃあ、さっき起きたことはなんだったの?」ミサキはその場にへたり込み、がっくりと首を下げた。

「わかりましたよ。何か変わったことはなかったか確認をとってみます。そこに掛けて待っていてください」

「あの、そっちの奥の方で休んでもいいですか?」ミサキは奥の休憩室を指差した。できるだけ人目につくところは避けたい。

「う〜ん、仕方ないですね。いいでしょう。何かお茶でも?」

「いえ。お構いなく」

 警官が引き戸をピタリと閉め、再び詰所に出ていく気配を感じる。ミサキはドスンと腰を下ろすと大きなため息をついた。

 休憩室は四畳半の和室で真ん中に木製のテーブルと部屋の隅っこにテレビがあるだけの簡素なものだった。

 ミサキはハンカチとポケットタイプのウェットティッシュで血と泥がこびりついた足の裏を丁寧に拭いながら先ほど起きた凄惨な出来事を思い返していた。

「なんだったのよあの二人。どうしてあんなことができるの? なんで私がこんな……」ミサキの目にじんわりと涙がたまり視界がぼやける。ミサキの人生の中であの男たちのように冷たい目をした人間に出会ったことは一度もない。もちろんあの二人組とも面識がない。だが、ミサキの脳の奥底には一つだけ引っかかっていることがあった。

「でも、そんなまさか……」

 詰所から話し声が聞こえた。ミサキはゴシゴシと涙を拭うと扉の方に目を向ける。別の警官か相談に来た民間人だろうかと扉をわずかばかりそっと開き、隙間からのぞいた。

 ミサキの目に飛び込んで来たのは、例の二人組の姿だった。大男が先ほどの警官を中腰の状態で押さえ込むようにして太い腕で首をガッチリと締め上げている。警官は白目を剥きながらバタバタと足を床に打ち付けていたがすぐに大人しくなりピクリとも動かなくなった。

 ミサキの鼓動が速く激しくなり、全身の毛穴が開き汗がじわりと吹き出している。このままじゃすぐに見つかってしまう。

 音を立てないようゆっくりと扉から顔を離そうとした時、中年の男がミサキの方に顔を向けると顔を大きく歪ませて笑顔を作って見せた。

 男と目が合い、「ひぃっ」という短い悲鳴をあげるとドンと尻餅をついた。男たちは動かなくなった警官をその場に捨てるとまっすぐミサキの方に歩み寄っていく。

 ミサキは這いずるようにして窓まで行くと、震える手でガチャガチャとロックを外そうとする。二人組が乱暴に部屋の扉を開けた時、ロックが外れ、窓を全開にした。

 男たちがミサキに駆け寄り手を伸ばすが、間一髪逃れ窓からドサリと落っこちると脇目も振らずに駆け出した。

 二人組の男は追いかけようとはせず、ただじっと必死に走るミサキの後ろ姿を見つめていた。

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