新型ウイルスで、ただいま異世界渡航禁止

ちびまるフォイ

この時期に異世界転生してくるなんて!

終わらない残業を続けた深夜。

意識も絶え絶えになりキーボードに頭を打ち付けたとき。


周囲がオフィスから全く知らない場所へと変わっていた!!


「しまった! 異世界転生してしまった!!」


持ち前のネット知識で今の状況をすぐさま把握した俺は

これから授かるであろう人外レベルの能力と、

異性の仲間たちとの失われた青春のリア充生活を想像して鼻の下を伸ばした。


が、周囲はなにもない部屋のままだった。


「……あれ? 異世界でもゲームの世界でもなんでもいいけど、

 転生ってこんなにもタイムラグがあるものなのか?」


しばらく待っていても何もないので部屋を歩き回ってみることに。

なにもないかと思っていたが、昭和レトロあふるる黒い電話が置かれていた。


ジリリリリ!!!


けたたましく鳴る電話に驚き、思わず受話器を耳に当ててしまった。


「もしもし?」


『あ、転生希望の方ですか?』


「えっと……あなたは?」

『女神です。ほらいつも転生窓口やってるでしょう?』


「いつもって……俺はこれが初回ですから」

『転生童貞?』

「うるせえな」


受話器をあてながら周りを見渡す。


「女神さまはいったいどこにいるんですか?」


『実は、天界も今ちょっとウイルス騒動でしてね。

 今いろいろ解決しようと動いている真っ最中なんです。

 で、密室で転生者と話すのはまずいんでテレワークしてるんですよ』


「神様なのに!?」


『神様に伝染して、さらにウイルスが神変異しても困るでしょう。

 それこそ人間の叡智ではどうにもできなくなりますから』


「はあ……。まあ、そっちの状況はわかりましたよ。

 なんでもいいですから早く転生させてもらえませんか」


『どこに?』

「異世界に」


『いやあ、それは無理です。今、転生禁止されているんで』


「はい?! 聞いてないですよ!?」


『そりゃ死ぬ前に知れるわけないじゃないですか。

 それに今異世界はウイルスが流行しそうな瀬戸際なんです。

 転生者とかいうどこの誰かもわからない異物を送り込むなんてできないわけですよ』


「それじゃ俺はこれからどうなるんですか!

 せっかく世界を救う気満々だったのに!!」


『うそつけ。本当は世界を救うとかいう大義名分にかこつけて

 本当は女子とキャッキャウフフしたいだけでしょうが』


「人間ってのは建前がなくちゃ生きていけないんですよ!!」


『仮に、強引に転生させてもいいですが、無観客転生になるので

 敵も味方もいない過疎った世界のひとり旅になりますよ』


「それは……嫌だ……」


『まあ、転生先では魔王がウイルスで死んじゃってるわけですし、

 あなたが今すぐ行かないと困る状態でもないです。

 転生は延期してウイルス騒動が収まってからでいいんじゃないですか』


「え……それじゃ俺はこのなにもない部屋で待ち続けるんですか!?」


『寂しくなったら電話してください。多少は相手しますよ』

「否定しろよ!」


生きているわけでも死んでいるわけでもないこの状況。

空腹でのたうち回ることはないものの、退屈という名の地獄が待っている。


これなら賽の河原で終わらない石積みを続けているほうがマシだ。

昔読んだ5億年を過ごすマンガの主人公が今の自分と重なる。


今の現実に絶望して、自分が必要とされて活躍できる

理想の世界に行けると思っていたのに。


「こんなことなら……死ななきゃよかった……」


『なんですか?』


「死ななきゃよかったって言ったんです。

 転生もできない、転生したところで誰もいない世界なら

 現実世界で暮らしていたほうがずっとマシだった!!」


けれど、もう戻れない--




『あ 現実戻ります?』


--わけではなかった。



『異世界への転生はWHO的に許可されてないんですけど

 その逆はとくに禁止されてないんです。

 異世界からの転生は可能ということで送り返すことはできますよ』


「本当ですか!? こんな場所に幽閉されるよりはずっといい!!」


『逆転生が禁止されてなくてよかったですね。

 それじゃ転送しますので準備してください』


「お願いします!!!」


俺は目をつむると体が宙に浮き上がっていくのがわかった。

つぎに目を開けたときには勝手知ったる現実世界へと戻っていた。


「ああよかった……現実世界に戻れたんだ!!」


すると、テレビでは緊急ニュースが繰り返し報道されていた。




『大変です! 異世界から送り込まれた謎の魔物を媒介に

 未知のウイルスが感染拡大しています!!』

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