短編2 不眠の羊歌
寝れないのです。
そう誰かに告白して、嘆いて、縋って、泣き出したいような夜でした。明日は大事な大事な用事があって、早朝に起きなければならないのに、十二時を過ぎてもどうにも眠れないのです。
十一時には電気を消してベッドに横になり、目覚ましをセットしたのを念をいれて確認してから目をつむったのに。そのまま暗闇の中で一向に眠りは訪れず、どころか目は覚めるばかりで —— 今日は、いえ昨日は、取引先へ駅を乗り継ぎ乗り継ぎ訪ね歩いて、お終いにはハイヒールで歩くたびに足裏がひりついたくらい。それくらい疲れたはずなのです。くたくたの体はぐったりベッドに沈むのに、けれど何故か、脳だけが夜行性になったようでした。
脳が緊張しているのでは、と思いつくなり、わたしは羊を数えてみることにしました。眠れない時に羊を数えるのは、幼い頃からの習慣です。ここのところ寝つけない時なんてありませんでしたから、羊を思い描くのも久しぶり。闇を透かして時計を見ると、いよいよ一時を過ぎています。慌てて瞼を閉じ、その裏に羊たちを思い浮かべようとしました。
けれど現れたのは、何もいない —— 空っぽの囲いだけ。
もちろん羊の姿形は知っていますが、そのイメージを、どうにも想像の中に連れてこられないのです。
わたしは風に揺れる牧草の中立ちつくし、困り果てました。柵に沿ってぐるっとまわってみても、あの柔らかい気配はどこにもありません。
わたしの中から、羊がいなくなってしまったのです。
羊が零匹。羊が零匹。羊が零匹。
いつしかわたしは暗闇の中で目を開けたまま、ひたすらに虚ろに、いない羊を数え続けていました。羊がいない。それだけで眠気はいっそう遠のき、焦りばかりが募るのです。
羊が零匹。羊が零匹。羊が零匹。
いったいぜんたい、羊はどこに行ってしまったのか。その答えは出ないまま、わたしは不眠の夜の中に取り残されたのでした。
冬眠の前に @tart_nununu
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