第90話 意地悪43(好きな人)

「なあ、えり。もの凄い周りから注目を浴びているぞ」


 俺と雨宮はゴールを目指して人の間を通り抜けて移動していると、周りからとても注目を集めていた。やはり子供扱いされている人というのは目立つのだろう。


「ま、また名前……。注目を浴びているのは分かってます。だから恥ずかしくて下を向いているんじゃないですか。」


 雨宮は真っ赤に顔を染めてちらっと俺の方を見ると、か細い声でそう呟いてまた下を向いてしまった。


 顔が赤いのは怒りの他に羞恥もあったのか。くくく、計算外だがこれはこれで雨宮を追い込むのに役立っているし問題ない。こんなに余裕がなさそうな雨宮を見るのは本当に最高だ。


 さあ、みんなもっと見るがいい。そして雨宮を追い込むのだ!俺は周りの注目を集めながらゴールへと向かうのだった。


「え!華!?」


 雨宮が驚いた声を上げる。ゴールのところへ行くと、見たことのある姿を見つけた。東雲の彼女の晴川だ。


「あら、えり」


 晴川は雨宮の声に反応したのか、こちらに目を向けた。


「こんなところで何しているんですか?」


 雨宮が驚いてくりくりとした目をさらに丸くしながら尋ねている。


「私がゴールの判定係なのよ。ちゃんとくじで指定されたものを借りてきたかどうかのね」


 そう言って、雨宮の方を向いていた晴川は俺の方を見た。


「神崎先輩は一体なにを指示されてえりのことを選んだんですか?」


 晴川はにやにやした表情で尋ねてくる。


「それはす……」


 俺は内容をそのまま普通に答えようとした。だが隣でどこか期待した目で見てくる雨宮を意識して、なぜか答えが言いにくく躊躇ってしまった。


「ん?」


 そんな様子に晴川はにやっとさらに口元を歪めて首を傾げた。


「……ほらよ」


 言うのを躊躇ったことを誤魔化すように、俺はくじの紙を雑に晴川に渡した。そんな俺の様子に、にやにやと口元を緩ませながら楽しげに受け取る晴川。中を確かめるためか、折っておいた紙を開いて読み上げた。


「えーと、なになに……。あれ〜?神崎先輩、好きな人って書いてありますよ〜?」


「……え?え!?」


 晴川はどこか最初から知っていた様子で俺のことをからかう口調で聞いてきた。くじの内容を聞いて声を上げる雨宮を横目に俺は答える。


「そうだ、好きな人だ」


 さっきの妙な感覚に陥らないよう、意地悪のためだと自分に言い聞かせて今度は冷静に言い返した。


「ちょ、ちょっと先輩!?」


 雨宮がビクッと身体を震わせて、顔を真っ赤にした。そんな雨宮の様子に心の中でほくそ笑む。くくく、東雲の言った通り雨宮の顔が真っ赤になってやがる。


 さすが、東雲。雨宮を意地悪する天才だ!


 俺でもどうして雨宮が顔を真っ赤にしているか分からないのに、その原因を知っていて実際に顔を赤くさせるのは素直に凄い。


「へ〜?そこは認めるんですね。どういう意味か分かっているんですか?」


 晴川は雨宮の方をちらっと見て満足そうに笑うと、さらに俺に聞いてきた。


「ああ、分かっている。好きな人は読んだその字のごとく、好ましい人、好感を持てる人という意味だ」


 恋愛としての『好き』なんて意味は俺にはまだ分からない。だが、今の俺なら人として好きという気持ちは分かる。それは雨宮が教えてくれた。


 だから、俺が今言える最大の好きは、友人としての好きだ。


「……はぁ」


 俺の返答にどこか呆れた表情でため息を吐く晴川。俺はそんな晴川など意に介さず、話を続けた。


「好感を持てる、そういう意味なら東雲も多分好きな人だろう」


 東雲が時々含み笑いをしていることは気になるが、あいつが純粋に俺と話すのを楽しんでいるのは分かる。なんだかんだ気が合う奴だし、こういうのを友達というのだろう。


「……へぇ」


 晴川は俺の言葉が意外そうに目を丸くして見つめてくる。俺はそんな晴川はじっと見つめ返す。


「ただ雨宮はそんな友人の中でも大切な人だ。とても大事で絶対に失いたくないかけがえのない人だ。俺にとって雨宮は特別な友人なんだ。だからくじ引きの相手に選んだんだよ。文句あるのか?」


 好きだの嫌いだの、そんなものは人によって定義は異なり曖昧なものだ。自分が好きだと思えばそれは好きだし、嫌いだと思えば嫌いなのだ。


 俺は雨宮のことを特別な友人として思っている。それは誰にも否定させない。そんな意気込みで俺は晴川を見つめ返した。


「ふふふ、いいえ、何もないわ、神崎先輩。先輩にとってえりが好きな人というのは認めましょう。それにこれ以上聞いたら、えりが保ちそうにないしね」


 俺の厳しい目に物怖じせず、どこか楽しげに笑って晴川は雨宮に視線を送った。晴川にそう言われ、俺も雨宮を見る。


 俺の右足横の足元でうずくまるようにして膝を抱え、顔を隠している雨宮の姿があった。


 太陽の光を反射し、キラキラと艶やかに煌めく絹のような黒髪の間から、雨宮の顔が少しだけ伺える。雨宮は頰どころか顔全体を真っ赤にし、耳の後ろまで焼けそうなほど茜色に染まっていた。


「?なにしてんだよ?」


 なぜうずくまっているのか分からず、俺は思わず立ったままうずくまる雨宮に声をかけてしまった。


「…………先輩は無自覚に嬉しいことを言い過ぎです……」


 俺の声に反応してちらっと潤んだ瞳で、雨宮は上目遣いに小さく文句を言うように口にする。


 上目遣いに見てくる雨宮の姿は、さっきまで腕の中に隠れていた桜色の頰や、朱に染まった普段白い肌が全部見え、その扇情的とも言える色気に思わず胸が高鳴ってしまった。


「……なっ」


 一瞬で俺自身の顔が熱くなるのを感じる。雨宮のことを意識してしまい、見ていられずすぐに目を逸らした。


「ふふふ、神崎先輩の慌てた顔を見れましたし、もういいですよ。早くえりを連れてゴールして下さい」


 晴川にそんなことを言われ、俺は慌ててえりを引っ張り上げてゴールしたのだった。







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