第89話 反撃42(名前呼び)

「東雲先輩が色々してくれるって言いましたが、一体なにをするつもりなんですか?」


 1番気になることを華に尋ねます。


「さあ?私も知らないわ。それは本番の楽しみってことね」


 楽しげにクスクスと華が笑います。


「そ、そうですか……」


 絶対華は今のこの状況を楽しんでいますね……。先輩がなにしてくるのか分かりませんが、私の心臓に悪いことだけは間違いありません。


 一体なにをされてしまうのか、その期待と不安で少しドキドキしてきました……。


「ふふふ、どうする?これで借りる内容が好きな人だったら?」


 そんな私が顔を赤くしている様子を見て、華はからかうように言ってきます。


「す、好きな人ですか!?」


 想像しただけで、心臓がうるさく鳴り始めます。


「そう、好きな人」


「さ、さすがにそれはないと思いますけど……」


 そうです、勝手に期待してはいけません。だいたい先輩は好きって気持ちが分からないって言っていましたし、好きな人で私は選ばないと思います。


 良くて友達でしょうか……。


「えー、でも神崎先輩、明らかにえりのことを特別視はしていると思うわよ?それはえりも気付いているでしょ?」


「ま、まあ、それは分かっていますが……」


 直接本人から言われましたし……。さすがに特別だって言われたことは恥ずかしくて華にも言えませんが。


「じゃあ、もしかしたらあるかもしれないわよ?」


「そ、そうでしょうか……」


 華にそう言われるとそんな気がしてきました……!え?え!?どうしましょう……!もし、もしですよ?先輩が好きな人で私のところに来たら……。


 ……無理!無理です!想像するだけで、耐えられません……!そんな夢みたいなことあったらもう倒れてしまいそうです……!


 身体中に熱が巡るのを感じながら、私は頭の中が真っ白になってなにも考えられなくなってしまいました。


「ふふふ、そんなに顔を赤くして。まあ、実際はどうなるかは本番で分かるわ。そろそろだし行きましょう」


「はい」


「あ、私は借り物競走の仕事あるから、ごめんね?1人でちゃんと先輩が来るのを待っているのよ?」


 2人で借り物競走を見れる位置に移動しようとすると、華が思い出したようにさらりと重要なことを口にしました。


「え?華はいないんですか!?」


 そんな重要なことを急に言わないでください!私1人で先輩が来るのを待つってことですよね……?うう、期待と不安で倒れてしまいそうです。


「ごめんね、最後で待っているから、楽しみにしているわ」


 そう言って華は去って行きました。華と別れた私は1人で、借り物競走を見て待ちます。まずは1年生から始まるみたいです。


 見たことがある顔もちらほらとあり、みんなスタートと同時にくじを引いて、様々な場所に散り散りになって動いていきました。なにを借りた、誰を借りた、などで盛り上がっています。


 そんな1年生の借り物競走が終わるととうとう2年生の番です。あ、先輩がいました!


 ふふふ、相変わらずカッコいいです!


 いつものやる気のなさそうな姿とは違い、どこか気合の入った表情でスタート地点に立っています。そして、ピストル音と共にとうとう2年生の借り物競走が始まりました。


 わぁ!先輩って意外に足が早いんですね!


 先輩はスタートと同時に駆け出し、他の人よりも早くくじ引きの人の元へ走って行きました。予想外の先輩の一面に少しだけ驚きます。その後くじを引いた先輩はキョロキョロとなにかを探すように首を振っていました。


 本当に来るのでしょうか……?華は来ると言っていましたが、不安です。期待して来なくて落ち込むのは自分勝手な気がしますが、心が勝手に期待してしまいます。


 ああ、もう!心臓がドキドキしてうるさいです!さっきからずっと鳴り止みません。収まらない鼓動感じながら待っていると、先輩が私の方を向き、目が合いました。


 わ、わぁ!?


 目が合うだけ勝手に胸が高まります。来てくれるでしょうか……。目が合った先輩は少しだけ表情を緩ませて、私の方にやってきました。


「せ、先輩?」


 本当に来てくれました……!一体どんな内容で私のところに来たのでしょうか?ほ、本当に好きな人だったりして……。


「えり、お前自身を借りるぞ」


「……え?え!?ちょっ……」


 わ!?わぁ!!先輩に名前で呼ばれちゃいました……!きゅ、急に先輩、どうしたのでしょう。呼び捨てなんて、とても嬉しいです!


 でも本当に先輩は突然ですね……。顔が熱くて火が出そうです。今頃私の顔は真っ赤です。ああ、もう!キュンキュンしすぎて胸が苦しいです。


 胸の苦しみに耐えきれず、思わず胸を抑えてしまいました。しかしすぐに先輩はそんな胸を抑えている私の手を取り繋ぐようにして、私を引いてゴールへと歩き始めました。


「せ、先輩!?きゅ、急に名前で呼ばないで下さい……!それに借りる内容ってなんですか!?」


 名前で呼び捨てにされたことに加え、手を繋いでみんなの前を歩いている現状にパニックになり、もうわけが分かりません。みんなからの注目が凄いです!


 先輩と手を繋いでいるのは嬉しいのですが、それよりも恥ずかしすぎます…。それにしても好きな人に名前で呼んでもらえるのがあんなに嬉しいなんて思いもしませんでした……。


 また、呼んで欲しいです。


 嬉しさと恥ずかしさを味わいながら、私は先輩に手を引かれていくのでした。

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