第88話 意地悪42(名前呼び)

「意地悪自体はもう思いついているんだよね?」


 東雲が何か考えるようにしながら尋ねてきた。


「ああ、もちろんだ。あとはどうやって雨宮に関わるかだけなんだが……」


 そう、意地悪自体はもう考案済みだ。今日の体育祭のために色々用意してきたからな。くくく、これで雨宮を追い詰めてやるぜ。


「それなら、問題ないよ。借り物競走は借りる物や人をくじ引きで決めるんだけど、その紙を並べる担当を僕にしてもらったからね」


「それは本当か!?」


 そこまでやるとは思わなかったな……。東雲の気合の入り具合に驚く。


「うん、これも神崎くんに意地悪してもらうためだからね」


 にやにやと悪そうな笑みを浮かべる東雲。


「任せとけ、それでどうやってくじ引きの不正をするんだ?」


「ここに既に1枚用意してあるから、これを持ってくじを引く振りをすればいいのさ」


 東雲はポケットから1枚の紙切れを取り出して、得意げにピラピラと動かす。


「なるほど、確かにそれなら誰にもバレないな。それで内容はどんなのだ?」


 東雲の完璧な工作に俺もついにやりと笑ってしまう。


「まあ、読んでみなよ」


 東雲はにやにやしながら、手に持った紙切れを渡してきた。俺はそれを受け取り、内容を読む。


 ーーーー好きな人


「は?え?」


 意味が分からず2度見してしまう。


「そんなに何回も見ても内容は変わらないよ」


 俺が何度も中身を確認する動作が面白かったのか、クスクスと肩を震わせて笑う。


「どういうことだよ。俺は別に雨宮のこと好きじゃない。というか好きという感情が分からん」


 東雲がなぜくじの内容をこれにしたのか理解できず、眉をひそめて訝しむ。


「まあまあ、そんな睨まないでよ」


 東雲は少し戯けるようにして俺の睨みを流し、続けた。


「別に神崎くんは雨宮さんのこと嫌いじゃないんだよね?」


「……まあな」


「じゃあいいじゃないか。そんな深く考えないでさ、ただ友達として好きなんだからさ。好きな人ってことで」


「それは、そうなんだが……」


 東雲にそう言われるが、微妙に納得できず言い淀む。


「いいから、絶対その方が雨宮さん反応してくれるって。顔真っ赤にしてね」


 そんな俺の反応を見て、東雲は楽しげに笑って俺を納得させる言葉を言ってきた。


「真っ赤にか……。ならいいな」


 真っ赤になる、つまり怒るということだろう。なぜ怒るのか俺には分からないが東雲が言うなら、多分間違いない。


 これだけ雨宮を意地悪することを楽しんでいる奴が言うのだから、まず間違いなく顔を赤くさせられるのだろう。そう思い、俺は納得する。


「じゃあ、神崎くんは借り物競走の時にその紙を持って僕のところに来るんだよ?そろそろ時間だし、行こうか」


「ああ、そうだな」


 こうして、俺は東雲の協力のもと、雨宮への意地悪を決行するのだった。


 校庭に出て東雲と別れ、借り物競走の待機列に並ぶ。しばらく待てば、待機列はぞろぞろ動きだし、スタート地点へ移動した。


 その後すぐに借り物競争が始まる。最初は1年生達がやるのでそれを見守る。なにやら色々借りる物の種類があるらしく、大盛り上がりだ。


 そんな盛り上がった1年生が全員ゴールし終わり、俺たち2年生の番になる。まだ盛り上がり熱狂が冷めやまない中のスタートに少しだけ緊張する。スタートラインに立つと、くじ引きの入った箱を持った東雲を見つけた。


 東雲と目が合い、互いに頷き合う。


 くくく、準備は完璧だ。あとは雨宮に意地悪をするのみ。さあ、雨宮、覚悟するがいい!


「よーい、どん!」


 ピストルの音と共に、2年生の借り物競争が始まった。


 ダッシュで東雲の元へ向かう。


「神崎くん、ちゃんと手に持っているかい?」


「ああ、もちろんだ」


「じゃあ、箱の中に手を入れて、その紙を取ったフリをしてくれれば大丈夫」


「ああ」


 こしょこしょと周りに聞こえないよう小さな声で話し合う。言われた通り、東雲の持つ箱に手を突っ込み、今取り出したようにして拳の中に仕込んだ紙を開いた。


「よし、行ってくる」


「うん、頑張って」


 俺は東雲を背にして雨宮の元へ駆け出した。東雲が口元緩ませてにやにやしているのがなぜか脳裏に残った。


 どこだ、雨宮は?キョロキョロと探し回るがなかなか見つからない。先に雨宮の居場所を確認しておくべきだったと後悔する。

 しかし後悔していても仕方ないので、必死に探し回り、とうとう雨宮を見つけ出す。


 やっといたか、雨宮。なんとか雨宮を見つけ出すことに成功し、少しだけ安堵する。だが、ホッとしている場合ではない。ここからが本番だ。


「せ、先輩?」


 俺が駆け寄ると、既に雨宮の顔はほんのりと朱に染まり、どこか期待するような目で上目遣いに見てくる。


「えり、お前自身を借りるぞ」


 俺が名前を呼んでやると、雨宮はぼわぁと一気に顔を真っ赤に染めていく。さらに胸を両手で抑えるようにした。


 くくく、さすが俺の意地悪だ。たった一言で雨宮は心が傷付いたようだ。


「……え?え!?ちょっ……」


 時間が勝負の借り物競走のため、俺は返事を聞くことなく、雨宮の白く細い手を取り握りしめ、元来た道を戻り出した。


「せ、先輩!?きゅ、急に名前で呼ばないで下さい……!それに借りる内容ってなんですか!?」


 雨宮は俺に手を引かれながら、顔を真っ赤にしてついてくる。その瞳は泣きそうなほどに潤み、目尻に滴が溜まっている。


 俺が驚きの声を上げる雨宮にちらっと目を向けると、さらに顔を赤らめ、パッとすぐに俯いてしまった。


 くくく、俺の意地悪が効いているな。そもそもに借り物競走で手を繋ぐことは指定されていない。この手を繋いでいるのも意地悪の一つだ。


 俺が考えた意地悪、それは雨宮を子供扱いしてやることだ。親とよく手を繋ぎ引かれる子供の姿というのをよく見かける。今俺が行っているのもまさに同じ構図だ。俺が雨宮と手を繋ぎその手を引いて走っている。


 くくく、この姿を見れば周りの人間が皆、雨宮のことを子供みたいと思うに違いない!さらに雨宮を追い込むのが名前呼びだ。親が子供を呼ぶときは大抵呼び捨てだ。その呼び捨てを俺が雨宮にしてやったのだ。


 もちろん、普段から俺が雨宮のことを呼び捨てにしていれば、子供扱いされているなんて気付かないだろう。だが普段は名字で呼んでいるからこそ、名前呼びをされれば嫌でも子供扱いされていることに気付く。


 名前呼びをやめろと雨宮が言っていたことからも、あいつは俺が子供扱いしていることに気付いているはずだ。


 くくく、雨宮が追い込まれているのはあの胸を抑える動作、この真っ赤な激怒した顔から分かる。最高だ!楽しすぎる!


 俺は雨宮の反応に大満足して、ゴールへ向かっていった。










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