第79話 反撃37(あーん3)
「もう、いいぞ」
出来るだけ意識しないように先輩の身体を拭いていると、頭上から声をかけられました。
「お、終わりですか?わ、分かりました……」
や、やっと終わりました。はぁ、心臓がまだうるさいくらい鳴っています。もうこれ以上続けていたら色々限界でしたし、良かったです。
私は先輩から離れながらホッと一息をつきます。緊張とドキドキで呼吸が上手く出来ていませんでしたので、酸素が身体中に回って落ち着いていくのが自分で分かりました。
顔から熱が引いていくのを感じていると、先輩の方からぐー、とお腹の音が聞こえてきました。
「ふふふ、お腹空いているみたいですね。何か作りましょうか?」
お腹を抑えている先輩が少し子供っぽくて可愛いです。微笑ましくて、思わず笑ってしまいました。
「作れるのか?」
私が提案すると先輩は少し目を鋭くして、訝しげに私の方を見てきます。
「ちょ、ちょっと!わ、私だって頑張れば作れるんですからね!?」
私が作れないみたいに言わないでください。も、もちろん先輩ほど上手くは作れませんが、そ、それでも前に弁当は作りましたし、先輩に教えてもらったんですから、少しは作れるつもりです。
私の腕を疑ってくる先輩に抗議するため睨みつけます。
「ふっ」
「……!?し、信じていなんですか!?」
わ、わぁ!?先輩が笑いました!先輩の笑顔にキュンと胸が締め付けられます。って違います!キュンとしている場合じゃありませんでした。まったく、私が睨んでいるのに笑うなんて失礼な先輩です!
先輩の反応が不満でさらに頰に力を入れていると、先輩が手を伸ばしてきました。
え?え?!
先輩が私の頰を押すので、口からプスーと溜め込んでいた空気が抜けていきます。
「!?も、もう!何するんですか!?」
きゅ、急にどうしたんですか!?べ、別に嫌ではないですけど、突然すぎて頭が追いつきません。先輩に構われているみたいで、少しだけ嬉しさがこみ上げてきます。
「すまん、ついな」
先輩は私の顔がよほど面白かったのか、くっくっと喉を鳴らして笑っています。これまで見たことのない先輩の反応は、私に心をさらに開いてくれたことを表しているようで、言いようのない高揚感が胸を包み込みました。
「も、もう!私が作ってきますから先輩はここで大人しくしていてくださいね!?」
笑う先輩はやはり少しあどけなく可愛くて、私の胸はドキリと高鳴り続けます。胸を締め付けられるような苦しさに耐えきれず、私は誤魔化すようにそう言って台所へ向かいました。
あ、あんな先輩の姿初めて見ました……!
私は台所の縁に手をつき、落ち着こうと何度も息を吸い込みます。もう!あんなに笑って構ってこられたら、ドキドキしちゃうに決まってるじゃないですか!
ああ、可愛すぎます、先輩。心を開いてくれたようで嬉しいですが、こんなにドキドキさせられるのは困ったものです。
さっき見た予想外の可愛い先輩にドキドキしながら私は料理について考え始めました。先輩に料理を出来ると見栄を張ったのはいいですがどうしましょう……。
料理を多少するようになったとはいえ、作れるレパートリーは少ないです。なにを作るべきか迷っていると、いいアイデアが思いつきました。
ふふふ、先輩、私だって料理を出来ること見せてあげます!
私は自分が思いついたアイデアの素晴らしさに酔いしれながら料理に取り掛かりました。鍋に水を張り、沸かして米を入れます。
私が思いついたのはおかゆです。おかゆなら特に包丁を使うこともなく、味付けさえ気をつければ失敗することはないはずです。
私だってやれば出来るんです!先輩にこの成功した料理を見せつけてあげます!驚く先輩の顔を想像しながら、鍋に蓋をして私は完成するのを待ちました。
そろそろでしょうか?
様子を伺うために鍋の蓋を取ると湯気がもくもくと立ち込めました。グツグツと沸騰する鍋にヘラを入れかき混ぜます。
え、嘘!?こ、焦げています……。
かき混ぜずに放置しすぎたのか鍋の底が焦げ付いていて、黒くなった米らしきものがところどころに見受けられます。
し、失敗してしまいました……。
おかゆという簡単なものを失敗してしまう自分の腕前に落ち込んでしまいます。仕方ありません。レトルトにしましょう。鍋を探している時に見つけたレトルトのおかゆを使うことにしました。
はぁ、先輩に私が作ったおかゆを美味しく食べて欲しかったです……。もしかしたら笑って美味しいって褒めてくれたかもしれないのに。
考えれば考えるほどに気分が落ち込み、どんよりと黒いもやが胸に立ち込めました。失敗してしまったものは仕方ないと思いますが、それでも割り切ることができません。
後悔に悩まされながらレンジで温めて、レトルトのおかゆを用意するのでした。
「……先輩、出来ました」
おかゆの用意を終えた私は、そのおかゆを持って先輩の元へと行きます。
「何作ったんだ?」
「……えっと、卵粥です」
作ったなんて呼べませんが、それでも手作りを食べてもらっている気分くらいは味わいたくて、私は作ったことを否定できませんでした。
「じゃあ、先輩、食べさせてあげますね?私の愛情がたっぷり籠もったおかゆを味わってください!」
手作りを失敗してしまったものは仕方ありません。せめて、先輩に意識してもらえるように頑張りましょう!
落ち込んだ気分をなんとか奮い立たせて、気持ちを仕切り直します。
「先輩?」
熱くなったおかゆを口で冷ましていると、先輩が私の方を見て固まっていました。
一体どうしたのでしょうか?
たまに先輩が固まることがあるのですが未だによくわかりませんね。
「……なんでもない」
先輩は特に何か話すことなく、私が差し出したおかゆを食べました。
ふふふ、頬張る先輩は可愛いですね。あーん出来るのもやっぱり嬉しいです。
でもこれなら先輩にはレトルトなんかじゃなくてちゃんと私が作った手作りのおかゆを食べてもらいたかったです。
「なぁ、雨宮」
「な、なんですか……?」
先輩が口に入れたおかゆを食べ終えると、口を開きました。その目は鋭くどこか私の心を見通してくるようで居心地が悪くなります。
「このおかゆの味、俺知ってるんだけど?」
「わ、私の味付けなのに、そんなわけないじゃないですか。気のせいですよ」
え!や、やっぱり先輩の家にあったものを使いましたし、気づいたのでしょうか!?
「これ、レトルトだろ。なにが私の愛情たっぷりだよ。一欠片も入ってないだろうが」
先輩はジト目で私を見てきます。私はそんな先輩から逃げるように目を逸らしました。
「あはは。ほ、ほら、レトルトでも想いを込めてレンジで温めれば愛情は入るかなーって……」
やっぱりバレていました。誤魔化すように私は妙な言い訳を並べてしまいしました。
「入らないから。それで、お前が作ったやつはあるんだろ?」
「へ?な、なんでそれを……?あ、ありますけど……」
私がおかゆを作ったのをなんで知っているんですか!?先輩の推察力に驚いてしまいます。
「それ寄越せよ」
「で、でも失敗しちゃって……」
「いいから寄越せって。別にお前の腕が下手くそなのは知ってるから」
「は、はい!」
まさかそこまで私の手作りを求めてくれるなんて思いもしませんでした。先輩の言い方は冷たいようにも感じますが、どこか思いやりがあるようにも感じ、じんわりと心が温かくなるのを感じました。
ああ、なんで先輩はこういう時に嬉しくなるようなことを言うのでしょう。失敗でもいいから食べたいだなんて、そんなこと言われたら喜んでしまいます。
もしかしたら私が失敗して落ち込んでいるのに気付いていたのでしょうか?それで私を元気付けたくて……。
嬉しさのあまり都合の良いように考えそうになるのをやめようとしますが、それでもにやけるのを抑えられませんでした。
「どうぞ……」
先輩がまずいと言って怒るような人ではないのは分かっていますが、それでも不快に思われないか不安です。
「じゃあ、いただきます」
先輩は私が作ったおかゆを食べてもぐもぐと口を動かしています。不安で心臓がドキドキと拍動し、うるさく耳に届きます。
ど、どうでしょうか……?
「ちゃんと、美味しいぞ」
先輩はゆっくりと口を開くと、しみじみと心がこもった声でそう言ってくれました。
「ほ、ほんとですか……?」
それでも、まだ不安で私はついもう一度尋ねてしまいました。
「ああ、ちゃんと作れている」
先輩は恥ずかしそうに目を私から逸らして横を向きます。そんな姿からも本音で言ってくれているのが分かりました。
「よかったです」
ほんとうに優しい先輩です。やっぱり私が落ち込んでいるのを気にしていてくれたのでしょう。そんな私を気にしてくれた、その事実がとても嬉しく幸せなことだと強く実感します。
ああ、この人を好きになって良かったです。
そう思うほど、先輩の優しさは柔らかく包み込むようで心の中に染み込んできました。
「ほら、じゃあ食べさせてくれ」
先輩はいつもの調子でそう言ってきました。
「わかりました!」
私もいつもの調子に戻ります。私は私なりに先輩を幸せに笑顔にしましょう。そう改めて決意するのでした。
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