第73話 反撃35(抱擁)
先輩が見舞いに来て帰っていった日の夜、私は華に電話をかけました。
プルルル、プルルル
「あら、どうしたの、えり?」
コール音が何回がなった後、華の少し楽しげな声が聞こえてきました。
「華、私が風邪で休んでいること先輩に伝えましたね?」
「ええ、そうよ。どう?先輩はお見舞いに来てくれたかしら?」
「来てくれましたけど……。先輩が来るならそう先に言ってください!玄関先に先輩の姿を見た時、とても心臓に悪かったんですからね!?」
本当に初めて見たときは驚きました。まさかあのタイミングで先輩がいるなんて思うはずがないじゃないですか。
「それはごめんなさい。でも会えて嬉しかったでしょう?えりのことだから会えなくて寂しがってるかと思って」
「そ、それは確かに嬉しかったですが……」
「じゃあ、いいじゃない」
「でも、昨日、色々あって少し会うのが気まずかったんです」
「昨日?一緒に帰っただけじゃなくて何かあったの?」
「そ、それが……」
私は昨日のことを思い出してドキドキしながら、華に昨日あったことを全部話しました。
「なるほどね、えりもずいぶん積極的になったじゃない。だから先輩挙動がおかしかったのね」
「え!?学校でも先輩なにかしていたんですか?」
「私も詳しくは知らないけれど、直人が言うには授業中いつも以上にぼーっとしていたり、昼休みはえりが来なくてそわそわしていたみたいよ?」
「そんなことが……」
まさか、先輩がそこまで私のことを意識してくれているとは思いませんでした。
ふふふ、私のいないところでの先輩の行動が知れるのは、嬉しいです。
キスでそこまで意識してくれるようになるなんて、可愛い先輩です。その後少し話して華との電話を終えました。
次の日、体調は回復して元気になったので、学校に向かいます。学校に着くと華に声をかけられました。
「えり、おはよう。体調は大丈夫?」
「はい、1日寝ていたら元気になりました!」
「ふふふ、先輩に色々されて元気を貰ったものね?」
華はにやりとからかう表情を見せてきます。
「なっ!?それは言わないでください……!」
慌てて私は華の口を塞ぎます。確かに昨日は色々ありましたが、改めて人の口から言われるのは恥ずかしすぎます。
うう、思い出して顔が熱くなってきました……。
「ごめんって。それよりさっき直人から連絡が来たんだけど、今日神崎先輩休みみたいよ?」
「え?休みなんですか?それって私の風邪がうつったってことでは……」
「それは分からないわ。でもこれはチャンスよ、えり。いい?今日の放課後はお見舞いに行ってきなさい」
華は私の肩をガシッと掴んで、じっと見つめてきます。その表情は真剣そのものなのですが、なんというか私の勘が、華は楽しんでいるのを告げている気がしました。
「え?い、いいんでしょうか、私が行って。迷惑に思われたりしないですか?」
やっぱり急に行くのは緊張しますし怖いです。突然の訪問は嫌がる人の方が多いと思いますし。
「なにいってるのよ。えりが行って喜ばないわけないでしょ。神崎先輩は素直にならないだけで内心いつも喜んでいるんだから」
華はやれやれと呆れた口調です。そ、そんなに喜んでくれていたのでしょうか?
意識してくれるようになってきましたし、もしかしたらその可能性もありえなくはないですが、自分の都合のいいように考えている気がしてなりません。
ま、まあ華がそこまで言うなら頑張ってみようと思います。せっかく意識してもらっているのです。ここが正念場です!
「わ、分かりました!今日、見舞いに行ってきます!」
こうして親友に背中を押され、私は放課後、先輩の家に向かいました。2日前に訪れたばかりの先輩の家に到着しました。
ふぅ、インターホンを押すのは緊張しますね。
緊張で震える手をゆっくりと伸ばして、私はボタンを押しました。
ピンポーン
チャイム音が鳴ります。少しすると足音が聞こえてきました。
わ、わぁ、先輩が出てきます。覚悟を決めないと!
これから先輩に会うことに緊張しながら、ドアの前で待ち続けました。ガチャリ、と音がしてドアが開きました。
「なんで俺の家に……」
ドアから顔を出す先輩。その顔は青白くて弱っていることが分かります。驚きで目を丸くしていました。
「今日、学校に来なかったじゃないですか。心配で来てしまいました。大丈夫ですか?」
あんなに青ざめた顔をして、体調が悪そうです……。そんなに風邪がひどいのでしょうか?私のお見舞いに来てくれたばっかりに……。
先輩に対する申し訳なさが心の奥底に積み重なっていきます。
「大丈夫だ……」
先輩は私の問いに小さくそう零しました。震える声で弱々しく紡がれたそのセリフは、どう考えても大丈夫ではないです。
普段の先輩だったら、もっとめんどくさそうに言ってくるか、風邪で体調が悪くても、こんな震えて怯えるような声は出しません。先輩のセリフに違和感が残ります。
まるで強がっているような……。
「先輩……。本当に大丈夫ですか?」
私は先輩の力になりたくて、もう一度尋ねました。
「大丈夫だと言っているだろ」
やっぱり先輩は強がっていました。なんで先輩が強がるのか、一つだけ心当たりがあります。
踏み込めば嫌われてしまうかもしれない。そんな恐怖が背中とぞわりと撫で付けます。でも、私は止まるわけにはいきません。
今、先輩が弱っている。そんな状況を知って無視することなんて出来ません!
「嘘です……!本当に大丈夫ならそんな弱々しい声を吐いたりしません。すみません、先輩、入りますね!」
強引で良くないは十分理解しています。でも先輩の心に近づくには強引に行くしかないのです。
前の私ならここで引いていたかもしれませんが、先輩は少しだけ私に心を許してくれている気がします。それが私の都合のいい解釈かもしれません。それでもその可能性にかけて、私は無理に先輩の心を知ることにしました。先輩を助けたくて。
「お、おい!」
先輩が少し戸惑ったような声を上げます。そんな声を無視して私は先輩の袖を引き、部屋の中へと入りました。
「ほら、先輩、ベッドに座ってください!」
「わ、わかった」
先輩の部屋に入り、ベッドに先輩を座らせます。
「それで、先輩、一体どうしたんですか……?体調が悪いだけじゃないですよね?」
先輩の口から何があったのか聞きたくて、私はじっと先輩の目を見つめます。
「なにもない」
「……っ」
ですが、やはりあの時と同じく冷たい声で拒絶されてしまいました……。
嫌です、怖いです、嫌われたくないです。先輩が離れてしまうかもしれない、その恐怖に私は口を閉ざして俯いてしまいます。
ああ、せっかくここまで来たのに……。嫌われるのは嫌です。でも……。
嫌われることなんてどれだけ辛いことでしょう。それでも、私は先輩の助けになりたいんです。先輩には笑っていて欲しいんです。
だから覚悟を決めます。離れてしまってもそれでも先輩を助ける覚悟を。
私は心を決め顔を上げました。
「もしかして、先輩の家族のことですか……?」
震える声でなんとか絞り出しました。これを口にすれば、どうあがいても今のままではいられない。それを分かっていますがそれでも私は覚悟決め口に出しました。
「直接は関係ない……。ただ昔のことを思い出していただけだ」
先輩は弱々しく、ポロリと少しだけ話してくれました。
「……先輩、前に私に話してくれるって言いましたよね?」
それは確かなとっかかり。先輩が初めて見せてくれた弱った部分。先輩の零した言葉は、弱った部分を私に見せてもいいと無意識かもしれませんが思ってくれた証拠です。
この機会を逃すわけにいきません。先輩はいつでも心の助けを求めていました。でもそれを見せる方法がわからなかったのでしょう。そんな先輩が初めて見せてくれたのです。
だから私は、救いの手を差し伸べます。少しでも力になりたくて。
「……ああ、だけどまだ「先輩!」」
先輩は断ろうとしてきますがそんなことはさせません。今この時じゃないとダメなのです。初めて弱った部分を見せてくれた今じゃなきゃ先輩を助けてあげられないのです。
「先輩、私じゃダメですか……?私にはまだ話せませんか……?もう先輩の苦しんでいる表情を見るのは嫌なんです。先輩には笑っていて欲しいんです。そんな辛い思いを抱えているなら私はその助けになりたいんです。私じゃ助けになりませんか…?」
想いの全てをのせて私は先輩に告げます。心を晒すのは恥ずかしいです。本当なら見せたくないです。でも、先輩を助けることができるなら、私はいくらでも見せてあげます。
先輩のことをどれほど想っているかを。先輩のことをどれだけ助けたいと想っているかを。こうして言葉にして伝えることしか私に出来ることはないのですから。
「……ハグしよう」
「わ、分かりました」
躊躇うようにしながらも先輩は言葉を口にしました。その言葉は拒絶ではなく受け入れる意味で言ってきたのでしょう。
心に入ることを許された、それは嬉しくもあり恥ずかしくもあり、そして覚悟をしなければならない意味でもあります。私はグッと込み上げるさまざまな感情を押さえ込み、先輩の方は近づきました。ゆっくりと先輩との距離は縮み、そしてゼロになりました。
落ち着く嗅ぎ慣れた先輩の匂いに包まれます。じんわりとした温かさが私と先輩の間から生まれ、ほんわりと私の体に伝わってきます。
先輩の身体は男らしい筋肉質な身体で、見た目の細さとは裏腹に硬くて、やっぱり先輩は男の人なんだなと改めて認識し、少しだけ胸が熱くなります。そんな私の大好きな先輩は、わずかですが怯えるように肩を震わせていました。
それはこれから話す過去を思い出してのことでしょうか?
私はそんな先輩を落ち着かせたくて腕に力を込めてぎゅっと抱きしめます。少しでも私が側にいることを伝えたくて。
すると先輩の震えは止まり、私を抱きしめる力を緩みました。そして先輩は耳元で過去の話をし始めました。
「実は……」
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