第52話 意地悪25(雨宿り)
「仕方ないですから、勝手にプニプニしてきたことは許してあげます」
しばらく逆側を向いていた雨宮だが、そう言ってこっちを向く。
にひっと強がるような表情を見せ、頰からは赤みが引き白い陶器のような肌に戻っていた。
「それで、えっと…」
なにか言いにくそうにもじもじと体を動かし、俺と地面を行ったり来たりと視線を彷徨わせている。
「どうかしたのか?」
「……きょ、今日、一緒に帰りませんか?」
躊躇いがちに、声を上擦らせながら頬をほんのり朱に染めて雨宮は小さくそう零した。不安げな表情でこっちをじっと見つめてくる。
さて、どうするか……。
前に一緒に帰った時に雨宮の家は俺の家の先に進んだところにあることを知っている。この後用事もないし断る理由はない。
むしろ一緒に帰る方が意地悪できる機会が増えるのだ。前は関わるのが面倒でやりたくなかったが、意地悪が楽しいと気づいた今、ぜひとも帰らねば。
「ああ、いいぞ」
「ほんとですか!?やった!」
パッと顔を輝かせ、小さく右手でガッツポーズを作る雨宮。よほど嬉しいのだろう。幸せそうな笑みを浮かべて俺の横に並んだ。
「じゃあ、帰りましょう、先輩!」
腕をビッと前に突き出し、廊下の先を指差す。
「そうだな」
こうして俺たちは一緒に帰ることになった。校門を出て歩きながら考える。よくよく考えれば一緒に帰ることにデメリットはない。むしろ利点だらけだ。
くくく、これからも一緒に帰るしかないな。
「これからも一緒に帰るか」
「……え?え!?」
驚いた声を上げ、今まで歩いていた足を止める雨宮。
「これからも用事ない時は一緒に帰ろうって言ったんだ。返事は?」
急に止まるので、振り返りながら答えを聞き出す。
「…イ、イエスです!もちろんイエスです、先輩!」
「じゃあ明日からよろしくな」
「は、はい。これから先輩と毎日放課後一緒にいられるんですね!もうとても嬉しいです!」
にこにこと快活な声を上げて、ぴょんぴょんとスキップして喜びを表す雨宮。
くくく、馬鹿め。一緒にいればそれだけ意地悪を受ける機会が増えるんだぞ?それを知らず喜びおって。明日から後悔するがいい!
「俺も明日から楽しみだよ」
「ふふふ、私も楽しみです!」
こうして俺と雨宮は放課後毎日一緒に帰る約束を交わしたのだった。
ポツポツポツポツ
「わぁ!?先輩、雨降ってきましたよ!?」
しばらく歩いていると、曇り空から雨が降り始めてきた。
「雨宮、傘持ってるか?」
「いえ、先輩は?」
「持ってない、仕方ない雨宿りするか……」
ザァザァザァザァ
そんなことを話していると雨が強くなっていく。
「きゃあ!?先輩あそこ入りましょう!」
「おう」
ちょうどよく見つけた建物の屋根の下に慌てて入る。
「凄い雨ですね。もう服がびちょびちょになってしまいした」
「そうだな……っ!?」
雨宮の声がして、雨宮の方を向く。そのあまりに扇情的な姿に思わず息を呑んだ。普段から手入れされた髪は濡れたことでより艶やかになり、しっとりと顔、首筋にくっつく。その髪の毛先から滴り落ちる滴が喉をなでながら胸元へと流れていく。
走ったためか頰はほんのりと赤く、それによって雨宮がより色っぽい。濡れた服によってその白い肌に張り付き、普段は服によって隠された体の曲線がはっきりと分かる。雨宮の少女から大人への発展途上の肢体が艶かしく目に映る。夏前の白いワイシャツが雨に濡れ、薄水色の下着が透けていた。
「先輩?」
首を傾げる雨宮。水で纏まった髪束がゆらりと揺れ動く。きょとんとする雨宮は普段の可憐なあどけなさと雨による大人の妖艶さを纏っている。
雨宮のもつその2つの相反する雰囲気は見るものを全て魅力し、俺は雨宮から視線を離すことが出来なかった。
「なんでもない……」
辛うじて言葉を絞り出し、視線を逸らす。
「ふふふ、変な先輩ですね」
くすりと笑う雨宮は雨のせいか妙に大人っぽくどこか蠱惑的で、俺はドキリと心が揺れ動いた。
ザァザァザァザァ
それっきり雨宮は口を開くことなく、俺も黙ったまま。俺と雨宮の間に沈黙が流れ、異様に雨音だけが耳に届く。
変に緊張するな……。
普段感じる雨宮の雰囲気との違いに動揺する。
何かないか……。何かないか……。
そうだ!意地悪だ!今こそ意地悪できるいい機会だ。何をしようか……。どんなのにするか……。
落ち着かない雰囲気を変えようとあれこれ考え、意地悪を思いつく。
くくく、いいぞ、やっと調子が戻ってきた!さあ雨宮。俺の意地悪を食らうがいい!
「……ん」
俺は着ていた制服の上着を脱ぎ、雨宮に渡す。
「……?なんですか、これ?」
「服透けてるから、これで隠せよ」
「……え?え!?」
俺の言葉を理解したのか、雨宮は下を向いて自分の服を確認すると顔を一瞬で真っ赤になる。そしてバッと俺の手から制服を取り身体を隠した。その慌てる様子の雨宮にはもうさっきまでの色気はまったく無くなっていた。
「み、見ましたよね、先輩?」
目だけ見える位置まで俺の服を持ち上げ、小さい声で聞いてくる。制服の上から覗く耳まで真っ赤だ。
「見えたから言ったんだろ。とっとと隠せ」
雨宮を見ると今は隠れている雨宮の扇情的な肢体が脳裏に浮かび思わず視線を逸らす。直視できない俺は雨宮から視線をずらしながらぶっきらぼうに言い放ち、逆側を向く。
「わ、分かりました」
背後から雨宮の声が聞こえて、ゴソゴソと布の擦れる音が響く。
「も、もういいですよ……。制服ありがとうございます」
声かけられ雨宮の方を向く。まだ見られたことの羞恥が残っているのか雨宮の頰はほんのり赤く、視線は俺の足元を見ている。サイズは合っておらずブカブカで、袖からは辛うじて指が見える程度。雨宮が動くたび胸元がちらちらと見え隠れしている。
俺の制服も濡れているので、ところどころ肌に張り付いたように布が伸びている。
くくく、どうだ雨宮!俺のびちょびちょになった服を着てさらに濡れるがいい!
ただでさえ濡れて嫌な思いをしているところにさらにびちょびちょに濡らしたのだ。
これはイラつくだろう。相変わらず俺は冴えているな。最高すぎる作戦だ。やはり一緒に帰るとそれだけ意地悪出来る機会が増えるな。
自分の下した決断が間違っていなかったことを確認し、ほくそ笑む。
ふぅ、それにしてもあの変な空気は無くなったな。よかったよかった。
意地悪を行ったことで先ほどまで漂っていた緊張する雰囲気は霧散したことに、俺はホッと小さく安堵したのだった。
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