第36話 意地悪17(仲間?)

 どうして俺はあんなことを言ってしまったのだ……。


 雨宮からの告白を受けた次の日、俺は登校してすぐ机に突っ伏し、昨日のことを思い返していた。


 雨宮のことは嫌いだ。嫌いなはずだ。それなのになぜ突き放さなかった?俺は一体なぜあんなことを……。


 自分の気持ちと行動の乖離に昨日からずっと動揺している。

 考えてもわかるはずがなく、何度も同じ思考を繰り返していると、頭上から声をかけられた。


「やぁ、神崎くん。少しいいかい?」


 少しだけ頭を持ち上げちらりと視線を送ると、そこにいたのはクラスメイトの東雲直人だった。

 いつものように無視しようと顔を伏せるがそこで昨日の雨宮の言葉が思い浮かぶ。


『先輩の周りには傷つける人だけではありません。先輩のことを好きになる人もいるのです』


 その言葉は俺に勇気をもたらし、行動を変える勇気が出た。


 また人のことを信じてもいいのだろうか?信じないにしても少しくらい話してもいいのではないか?


 本当に小さな一歩。だが俺にとってはとても重要な一歩を踏み出した。


「なんだよ」


 俺はクラスメイトと言葉を交わすこと選んだ。

 まったく雨宮のせいだ。あいつのせいで調子が狂う。


「……っ!?まさか、返事してもらえると思わなかったから驚いたよ」


 よほど意外だったのか言葉を詰まらせる東雲。


「ただの気分だ。それで何か用か?」


「雨宮さんと仲がいいみたいじゃない?それで神崎くんは雨宮さんのことをどう思っているのかなって」


 急にこいつは何を聞いてきているんだ?

 不思議に思うがここは素直に答えておく。


「どう思っているかだって?嫌いに決まってる」


「そうなのかい?その割には雨宮さんは君に随分懐いているみたいだけど」


 懐いている……。確かに雨宮は俺のことを好きだと言っていたし、間違ってはいない。


「そうなんだよ。あいつのことは嫌いだから意地悪をして嫌われようとしているはずなのに、なぜか前より懐かれている気がするんだよな……」


 そうだ。意地悪をしたいと思うのだからあいつのことは嫌いなはずだ。


「意地悪?そんなことしていたのかい?」


「ああ、例えば前に髪を整えてきたから、その髪をくしゃくしゃに撫でまわしてやったんだ。その時とか顔真っ赤にしてたし、絶対怒っていたはずだ」


「あの時のことだね。確かに雨宮さん、顔赤くなっていたけれど、それは……」


 そこまで言ってはっと何かに気づいたように口を閉ざす東雲。


「なんだよ?」


「いや、なんでもないよ。確かにそれは不思議だね……」


 クスクスと喉を鳴らして笑う東雲の姿に思わず怪訝そうな視線を送る。


「何がそんなにおかしい?」


「気にしなくていいよ。それよりも、懐かれているのはきっとまだ意地悪が足りないからだと思うよ。もっと意地悪をした方がいいと思うな」


 ニヤニヤしながら、そんなことを言ってくる東雲。


「やはりそうか!これからもっと意地悪をしていくことにするわ」


 思っていた通りだ。意地悪が足りなかったらしい。人に言われて改めて認識する。

 くくく、雨宮覚悟していろ。更なる意地悪がこれから先待ち受けているからな。


「人に頼まれたから話しかけたけど、神崎くんはとても面白い人だね。ぜひその意地悪の協力をさせてもらいないかい?」


 雨宮への意地悪を考え、楽しくなっているとそう言われる。

 一瞬、警戒心が浮き立つが東雲の様子を見てすぐ消え去る。


 悪意はなさそうか……。少しニヤついているのが気になるが。


「勝手にしろ。聞くだけはしてやる」


 仲良くする気はないが、役に立ちそうだし話を聞くのも悪くない。

 まったく、人の話を聞くなんて俺らしくない。これも雨宮のせいだ。


「じゃあ神崎くん、これからよろしく頼むね」


「ああ、よろしくな」


 こうして俺と東雲の協力関係が出来たのだ。


「早速だけど、今日も雨宮さんは昼休みに来るのかい?」


「多分な」


「じゃあその時、雨宮さんに明日弁当を作ってあげるのを提案してあげなよ」


「どういうことだ?」


「きっと雨宮さんのことだから承諾してくれると思うんだよね。神崎くんは毎日弁当を自分で作っているだろう?明日作る弁当の中に雨宮さんの好物を微妙な味にして入れるんだよ。そしたら雨宮さんは好物を喜んで食べたのに美味しくなくて落ち込むだろう?」


「東雲……。お前は天才か!?その意地悪ぜひ使わせてもらう!」


 目から鱗とはまさにこのことだ。こんな意地悪を思いつくとは、こいつなかなかやるな。

 もっと意地悪をしていくと決めたのだ。こちらから行動していかなければ。


「ぷっ……。気に入ってもらえてよかったよ。ぜひ雨宮さんにしてあげて」


 なぜか肩を震わせて声を押し殺す東雲。その様子を不思議に思うが、それよりも昼休みが楽しみだ。


 ああ、昼休みよ、早く来い。


 俺は提案された意地悪が楽しみすぎて、昼休みを待ち望む。


「ふふふ、ほんとうに神崎くんは面白いな……」


 昼休みへの期待に胸を膨らませていた俺は、東雲が小さく呟いたその言葉を聞くことはなかった。

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