第12話 被害5(相合傘)

 まさか、雨が降っているなんて。どうやって帰りましょう。授業が終わり帰ろうと外に出ると雨が降っていました。


 はぁ、朝は晴れていたのに……。朝は晴れていたので傘を持ってくるのを忘れてしまいました。


「おい、雨宮。傘ないのか?」


 途方に暮れていると後ろから声をかけられます。


「せ、先輩!?昼休みぶりですね。そうなんです、実は傘を忘れてしまったみたいで…。あ、もしかして、可愛い私と相合傘したくて話しかけに来たんですか?」


 まさか、先輩に会えるなんて!やった!放課後まで先輩と話せるなんて今日はついてます!あ、でもまた嬉しいの誤魔化すためにからかう口調になってしまいました。どうしても照れ隠しをしてしまいます…。


「ああ、そのつもりだったんだが、お前のそのニヤケ顔がムカつくからやっぱりやめるわ」


「え?え!?、本当にそうだったんですか!?」


「だからそのつもりだったって言ってるだろ。なぜそんなに驚く?」


「だって、まさか先輩から誘ってくるなんて思わなくて…。」


 冗談で言ったら当たってしまいました!先輩からのお誘い!?夢みたいです!ほんとうに先輩なのでしょうか!?


「まあ、雨宮が腹立つ顔でからかってくるからやっぱりやめるわ。1人で帰ってくれ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!からかったのは謝りますから、一緒に帰りましょ!いえ、ぜひ帰らせてください」


 ああ!私必死すぎます。女性がこんなにしつこいなんてみっともないです。それでも、先輩と帰れるならプライドなんていりません!先輩と一緒に過ごせること以上に大事なプライドなんてないのですから。

 先輩の隣で話せることほど幸せな時間は無いんです。そのためなら私はいくらでも無様な姿を晒しましょう。私は急いで先輩の傘の中にかけて行きました。


★★★


 傘をうつ雨の音のみが聞こえてきます。

 それにしても最近先輩から積極的に来すぎじゃないですか?私のこと面倒な人と思ってるのは変わっていませんでしょうに。

 来てくれるのは嬉しいのですが、私の心臓によくないです。もう今隣にいるだけで心臓の鼓動が耳に響いてきます。


 ああ、もう本当に恥ずかしいくらいに心臓が鳴っています。先輩に聞こえていないでしょうか?チラリと先輩を盗み見しますが特に気にしている様子はなさそうなので少し安心しました。


 それにしても相合傘ってことは周りからはやっぱりそういう関係に見られているってことですよね?私が先輩の彼女だなんてそんなこと起こりえないのに。

 でも、周りからそう見られてるというだけで心が浮ついてしまいます。少しでも先輩にふさわしい女性だと思われたいです。


 わ、私、先輩にふさわしい人に見えているでしょうか?考え始めたらだんだん緊張してきました。一体何を話したらいいのでしょう。緊張で頭の中は真っ白でなにを話して良いかわからなくなってしまいました。


「なぁ、雨宮」


「ひゃ、ひゃい!」


 ひとりで考え事をしていたら突然先輩が声をかけてきました。まさか先輩から話を切り出すなんて思っていなかったので変な声が出てしまいました……。


「肩濡れるだろ。もう少しこっちに寄れよ。」


「え、え!?だ、大丈夫です。これ以上は限界というか、緊張で心臓が…。」


 これ以上先輩の方に寄ったらくっついてしまいますよ!?そんなの私が耐えられません。今でさえ胸が苦しいんです。くっついたりなんてしたらもう……。


「いいから寄れって」


「ひゃ、ひゃあ!?ちょっ、ちょっと!?」


 え?え!?先輩に肩を掴まれ抱き寄せられてしまいました!体がかあっと一瞬で熱くなるのが自分で分かります。

 もう訳が分かりません!顔が熱いです。身体中が熱くてもう居た堪れません。こんなに近くにいるなんてもう無理です……。


「せ、先輩、肩濡れてますよ?やっぱりさっきのようにしません?」


 離れるための理由を述べて、先輩から離れてもらいましょう。もったいないと思いますが、どうしても耐えられそうにありません。緊張で倒れそうです……。


「気にするな。お前が濡れるよりはましだ」


「……!?し、仕方ないですね。そこまで言うなら大人しくこのままいてあげることにします!」


 なんでここでそんなカッコいいことを言ってくるんですか!?そんなこと言われたら離れられる訳がないじゃないですが……。

 先輩の体温が隣から伝わってきて自分が先輩の隣で歩いているのを嫌でも自覚させられます。


 先輩から落ち着くいい匂いまで流れてきました。この匂い好きです……。近すぎて普段感じない色々なものを感じます。


先輩の目とかもよく……見え……。


 ああ、やっぱりそうですよね……。先輩の目を見て幸せで盛り上がっていた心が一瞬で冷えていきます。いつもこうです。幸せを噛み締め、夢見心地を味わっているのに、避けられない真実が必ず私を現実に引きずり下ろすのです。


 ここまで優しくされたら、私のことを好きだと勘違いしたくなってしまいますが、そんなことは出来ません。先輩の私を見る目は相変わらず面倒な人を見る目のままです。

 勘違い出来たらどれほど楽だったでしょう。ですが先輩の目、雰囲気がそれを許さないんです。どこまでも他人行儀で距離を保つ先輩、そんな人を相手に勘違いなどできる訳がありません。私が嫌われていることをまざまざと突きつけてくるのです。


 それでも先輩の気まぐれな優しさで隣に居させてもらえるのですから、この先輩の優しさを享受できる機会が失われた時でも思い出せるよう、今はこの幸せを心に刻み込みましょう。いつか覚める夢だということから目を逸らして。

 体寄せ合いながら帰る間、熱く火照った体と裏腹に、私の心は冷たい幸せに包まれていました。

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