第9話 意地悪4(テスト勉強)
「先輩!また寝てるんですか?テスト前なのに余裕ですね」
聞き馴染んだ声に顔を上げる。どうやらもう放課後になっていたらしい。
「まあな、睡眠学習は得意だからな」
「それ絶対意味違いますからね?」
ドヤ顔をしてみるがジト目で返された。確かに学校で勉強はしていないが、空いた時間には勉強はしているので特に問題はないのだ。テスト前だからといって睡眠時間を削るのはごめんだ。そんなことにはならないための準備は怠らない。
「それより珍しく放課後に来てどうした?いつもは昼休みだけだろ」
「実は勉強が苦手でして…。それで先輩に教わろうかと」
「ふーん」
じっと雨宮の目を見つめ続ける。しばらく見つめているとふいっと、視線を横に逸らした。
「な、何ですか…?」
声をうわずらせながら雨宮は小さく呟く。
「お前頭いいだろ。嘘が下手すぎ」
「な、なんでわかったんですか!?」
驚き目を大きく見開いている。そんなに驚くなよ。まったく、整った顔が台無しだぞ。
「挙動が変だったし、顔に出すぎ。それに成績の上位の方に張り出されただろ」
「一生の不覚。先輩と一緒にイチャイチャしながら放課後を過ごす作戦が……」
大げさに落ち込む雨宮。わざとらしいわ。同情を買おうとしてもそうはいかないからな。
「誰もイチャイチャしねえよ。変な妄想に巻きこむな」
「それは残念です、誘うの失敗してしまいました。すみません、お邪魔しました!」
軽い口調でそう言い残すと、教室の出口へ颯爽と向かい出そうとする。見送ろうと雨宮の後ろ姿を眺めていたが、ふと意地悪の名案を思いつく。
「待てよ、教えないとは言ってないだろ。ほらそこ座れ」
顎で自分の隣の机を指す。
「え、いいですよ!冗談で誘っただけですし」
慌てたように首を振り、誘いを辞退しようとしてくる。
「いいから座れって。勉強分からないところがあったのはほんとだろ?そこ教えてやるから」
「ま、まあそれは本当ですけど……。よく本当だってわかりましたね?」
まだ渋い顔で机の横で佇む雨宮。
「まあな、伊達に毎日話してないからな。嘘か本当かぐらいは分かるよ。いいから、早く席につけ」
肩を抑えて、半ば強引に座らせる。
「ほんとに教えてもらえるんですか?あ、ありがとうございます!」
雨宮にとっては予想外だったのだろう。パッと顔を輝かせて、嬉しそうに席に着いた。
「やった…、先輩と放課後まで一緒に過ごせるなんてラッキー…」
俺は作戦に思考を巡らせていたので、席に着いて雨宮が小さく零したセリフに気づくことはなかった。
こうして俺と雨宮の勉強会が急きょ開かれたのだった。
★★★
「それでどこが分からないんだ?」
「実は数学のこれが…」
「なるほどな、それはこの公式を使うんだ」
「その公式ってどんなのでしたっけ?」
「覚えてないのかよ。ほら、お前のペン貸せ」
雨宮からペンを借り、雨宮が座る机に乗っているノートに先ほどの公式を書こうする。
隣の机だと遠くて書きにくいな。書きやすいようにグイグイと、雨宮の方に体を寄せながら公式をつらつらと記述していく。
「ちょっ、ちょっと先輩!?」
「なんだよ?」
呼びかけられ、顔を上げる。
そこには髪の毛の根元まで真っ赤に染めた雨宮の姿があった。その姿を不思議に思い、訝しげな視線を送ると
「な、なんでもないです…」
雨宮はそう言い残し、俯いて黙ってしまった。その後雨宮は黙々と問題を解き始めていた。何かを振り払うように必死になりながら。
★★★
お、間違えたな。しばらく雨宮が問題を解いているのを眺めていると、間違った答えを書いているのを見つけた。
だが、あえて今は間違いを正してやらない。これが俺が考えた嫌がらせだ。別れる時に教えて家に帰ってもう一度解き直させるのだ。
雨宮に苦労をかけさせるなんて、素晴らしい作戦だ。ふふふ、後で大変な思いをするがいい。自分の作戦に自画自賛している間に時計の針が進み、日が沈み始める。
「おい、雨宮」
話しかけるが返事がない。集中で周りの音が耳に入っていないようだ。仕方ない、飲み物でも買ってくるか。喉も渇いていたので、自販機で飲み物を買って戻ってくる。
教室に戻るとちょうど問題を解き終わったらしく、雨宮が伸びをしていた。俺の姿を見つけたらしく、話しかけてくる。
「先輩!どこに行ってたんですか。気付いたらいなくなってて置いていかれたのかと思いましたよ」
「お前の中の俺はどれだけ外道野郎になってるんだよ。飲み物買いに行ってただけだ」
「なるほど、それでペットボトルを2本持っている…。2本?」
「ほら、勉強を頑張ってたご褒美だ。」
ぶっきらぼうにそう言い放つと買ってきた飲み物を手渡してやる。
「え、ありがとうございます!しかも抹茶オレじゃないですか!?」
「前に美味しいって言ってたからな。ダメだったか?」
「い、いえ、ちゃんと私との会話覚えてくれたんだなーって。」
そう言って雨宮は大事そうに抹茶オレを優しく胸で抱きしめる。夕日に当たり、赤く染まった教室の中で雨宮の姿は印象的だった。
「……まあな、あいにくと人と話すことが少ないからな」
そんな雨宮の姿に目を引かれそうになった俺は、誤魔化すように自虐らしく肩をすくめておどけた。俺と雨宮の間に沈黙がしばらく流れ、飲み物を飲む音だけが教室に響いていたが、そんな空気が俺にとって悪くなかった。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。先輩」
沈黙を破り、雨宮がそう口に出す。
「そうだな。公式うまく使いこなせてたし、テストうまくいくといいな。ただ、さっき解いてた問題の3問目と5問目、計算の部分だけ間違ってるから解き直しておけよ」
「え、そうだったんですか!?わざわざ教えてくださってありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げ礼を言う雨宮。
「どういたしまして。じゃあな」
「バイバイです、先輩」
望んだ反応とは少し違うが、作戦は上手くいったので満足しながら帰路に着いた。
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