第8話 被害3(靴箱交換)
はあ、最悪です。まさか寝坊してしまうなんて!寝癖を誤魔化すために髪を縛りましたが首がスースーして落ち着きません。
そもそも寝坊してしまったのは先輩が悪いのです!毎日毎日気まぐれに私のことを褒めてくるからその日の夜、その出来事を思い出してなかなか寝られなくなってしまいました。
まったく、先輩はどこまで私の心を揺さぶってくるのでしょう。でもこうやって揺さぶられるのが悪くないと思ってしまうんですから私は重症ですね。
登校し、靴箱に靴を入れようと背伸びをします。靴箱の位置が高く、私の身長では入れにくいんです。
ん?あれは先輩ではないですか!私が靴を入れていると玄関から先輩が入ってきました。
まさか朝から会えるなんて!ふふふ、今日はなんていい日なのでしょう。さっきまで寝坊で沈んだ気持ちが一瞬で晴れていきます。
それにしてもこちらを見て一瞬足が止まりましたね。どうかしたんでしょうか?あ、でもすぐまた歩き出しました。
「ちょっと先輩!私が困っているのになんで無視するんですか!?」
私の後ろを通ろうとするので思わず声をかけてしまいました。やっぱり少しでも多く好きな人とは話をしたいです。
「いや、関わると面倒だし。それに眠いから早く教室に行って寝たい」
「そんなの後でも出来るじゃないですか!こうやって美少女の私と話せるなんてなかなか出来ないんですよ?普通は話しかけてくるじゃないですか!?」
「お前、毎日俺の教室に来て話しかけてくるだろ。有り難みも何もないわ」
「……っ!?いいんです!ほら、困ってるんだから聞いてください!」
まさか、正論で論破されるなんて!ですが私は先輩と話したいのです!私は諦めません。誤魔化してでも推し進めます。
「わかったよ。雨宮、何してるんだ?」
「おはようございます、先輩!靴箱が上の方にあるから入れにくくて。まあ、背伸びをすればなんとか届くので問題はないのですけど」
「問題ないのかよ!じゃあ別に困ってないだろうが」
「まあまあ、先輩に話しかけてもらえて嬉しかったですし、これからも話しかけて欲しいです!」
あ、思わず本音が……。しかも恥ずかしいのを誤魔化すために甘えた声を出してしまいました……。でもこれで少しでも先輩から声をかけくれたりしたら……。
「必要に迫られなければ絶対話しかけねえよ。悪いな」
……はぁ、知ってました。少しでも期待した私が馬鹿みたいです。こんなこと何回も経験したというのに。期待は一瞬で砕け散り、突き刺すような悲しみで胸が潰れてしまいそうです。
人とは強欲です。前は会話できることだけで喜んでいたのに、もっと話しかけて欲しいなんて思ってしまうなんて。
「じゃあな、雨宮。教室に話しかけに来るなよ」
「残念ながら今日も可愛い美少女が先輩を起こしに行ってあげますからね。バイバイです、先輩」
どんよりと暗く苦い想いを誤魔化すために、私は今日も明るく積極的な後輩の仮面を被るのです。
〈放課後〉
「お、」「あ!」
靴箱前で先輩と鉢合わせしました。
「……」
目が合いましたが、先輩はそのまま無視して歩き出しました。
「ちょっと、先輩!全然朝から成長してないじゃないですか!話しかけてくださいって頼みましたよね!?」
何度も無視されてきたんです。今更無視程度で声をかけるのを躊躇ったりしません!
「必要に迫られなければ話しかけないと言っただろ」
「もう!先輩はツンデレだから困ったものですね〜」
「ツンデレどころかツンツンしかねえよ。デレとか期待すんな。本当はツンすらしたくないから関わるなよ」
「残念ながらそれは約束できませんね。先輩と話すの楽しいですし」
先輩はほんとうにツンデレさんだと思います。いえ、デレるというよりは気まぐれに優しくしてくれるだけなのですけど。
でもそうやって急に優しくしてくるからずるいんです。普段から優しい人ならそれが当たり前でなんとも思わないのに、普段冷たい先輩だからこそ優しくされるとそれだけでときめいてしまうんです。
「おい、雨宮、お前の身長じゃその位置の靴箱から靴を取り出すの大変だろ。俺の靴箱と交換してやるよ。そしたら取り出しやすいだろ?」
「…!?あ、ありがとうございます」
ほら、こういう風に突然優しくしてくるんです。普段の人なら気付かないようなことに気付いて優しくしてくるんですから、どんどん心惹かれてしまいます。
こんなに優しくされたら実らない恋だと分かっていてもやめられるわけないじゃないですか。ほんとうに好きです、先輩……。
「せ、先輩!」
「な、なんだよ?」
私の想いで先輩に喜んで欲しいです。私の言葉で先輩に笑って欲しいです。私のそばで幸せを感じて欲しいです。
言いたい!好きって伝えたい!どれだけ私が先輩を愛しているか、どれだけ先輩に惹かれているかを知って欲しい!…
……でも、私の想いで先輩は嫌がります。私の言葉で先輩は不機嫌な顔になります。私のそばでは先輩は迷惑がります。そんな私に想いを伝える資格はありません……。
「…本当に先輩は優しい人ですね」
自分の想いを言葉にする勇気のない私は、そう伝えることしか出来ませんでした。
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