第3話 第三夜:十六夜(いざよい)

「アカン!見えん!」



昨日は最近では珍しく、アイツの方が私の部屋に泊まった。


私がスーパーの広告に目を通してたら、横で新聞を読んでたアイツが叫んだ。


「なんや老眼か?もうオッサンやな(笑)」


「誰がオッサンや。口悪いなぁ。昔はよう『お兄ちゃ〜ん』言うてついてきて可愛かったのに」


「昔は、て、今かて可愛いで〜?(笑)オッサンが嫌やったらエロオヤジて呼んだろか?(笑)」


「誰がエロオヤジやねん!エロないわ!だいたいオマエかて『ぇへん!見ぇへん!焦点合わへん!』て、よう言うとるやんけ」


「私はオバサンやからええんです〜!ほんで、アンタはエロオヤジです〜!」


「なんや開き直っとんでコイツは。俺より一コ下のくせに、なに言うてんねん(笑)」


「五十にもなったら、一コ違うくらい誤差の範囲ですぅ〜(笑)」


「んあー!気づかんフリして誤魔化してたけど、もうアカンな」


「まあなあ。私ら近眼で老眼やから、余計に焦点合いにくいんちゃう?私なんかちょっと前からもう限界やな〜て思てたで?スマホとか書類書く時とか、開き直ってメガネ外して顔近づけてんで?」


「なんやそれ(笑)ほんなら、お揃いで遠近両用メガネでも買うか?」


「なにが悲しゅうて、この歳でおそろやのん(笑)」


「ええやん、たまには」


「まあ、ええけど。買うてくれるん?(笑)」


「おう。そしたらご飯食べがてら、今から見に行こか?」



ギリギリ徒歩圏内にあるショッピングモールの中にあるメガネ量販店に来た。


「これなんかええんちゃう?」


「掛けてみ?」


「どう?」


「なんかちゃう(笑)」


「じゃあこっちは?」


「その色は似合わへんのとちゃう?」


「そんなんばっかり言うてたらいつまでも決まらへんで」


あーでもない、こーでもないと散々悩んだ。そんな無駄そうな時間もたまにはええか(笑)


フレーム決めた後、視力検査で検眼メガネ掛けてたら、私の顔見て大笑いしよった。


仕返しにアイツがかけたら思いきり笑たろおもとったのに、意外に似合ってて逆にウケた(笑)


結局カタチ違いの、同じ色味のフレームにした。


アイツに会計任して、店の外の休憩スペースで待ってた。ショッピングモールとか人混みって体力使う。ぼーっと周り見てたら若い子ら、元気やな(笑)年取ってくると、どんどん体力落ちてくな(笑)


会計済ませた後、せっかく出て来たんやしって、そのまま少しぶらぶらしてく事にした。


「レンズ作るのに十日くらいかかるって。仕上がったら連絡くれるみたいやから、その週末仕事帰りに一緒に取りに行って、そのまま久し振りに飲みにでも行くか?」


「せやな。それもええかもな」



家に帰る頃には外が暗くなってて月も出てた。


「あかんわー、月もボンヤリとしかぇへんわ〜(笑)」


「近眼も進んでたしな。遠くも近くも見えへんて、ホンマあかんなー、年取ったなー(笑)」


ぼんやりと夜空を見上げながらぼちぼち歩いとった。


「夏とか冬とかの大三角形の頂点とか、もう何個あんねん!ってレベルやもん(笑)」


「乱視やしな(笑)」


「そういえば、昔一緒に夜遊びしてた頃も、よう空見とったなぁ?」


「そやったか?」


「うん。せやから夜、月見てたらアンタの事よう思い出してたわ。今ごろ同じ月見てるんかなー?て」


「なんや、意外とロマンチストやな?」


「知らんかったん?(笑)」


「ほんなら毎日俺のこと思い出してたんか?」


ニタニタしながら聞いてくるとか、反則やろ。


「毎日はありえへんな。夜に外行かん時もあるし、そもそも新月の時は、月見えへんやん」


「そうか。それもそうやな(笑)」


「なんや、残念やった?」


顔覗き込んだら、なんかいつもと様子が違ったような気もしたけど、その話はそこで終わってしもた。



後日、メガネ屋から仕上がりの電話があったから、予定通り週末仕事帰りに引き取りに行くで、って連絡が入った。



「おー!見える見える(笑)メニュー見えるわ〜(笑)」


「ちょっとコツいるな」


「せやな。ほんで見てる時の目の感じが、なんかこう、見下してるみたいやな(笑)」


「ホンマや(笑)」


「近視の方の度数も上げたから、遠くもよぉ見えるしな」


「視界が明るなったな」


新しいメガネにはしゃぐ中年二人て(笑)


店内が騒々しい居酒屋やから目立たんかったけど、コレがオシャレなカフェやったら浮いてたな(笑)




「久々によぉ飲んだわ〜」


散々はしゃいだ酔っ払い二人は、酔いを覚ましがてら家までのんびり夜道を散歩しながら帰る事にした。


メガネが新しいと街灯も、いつもより明るく見える。



「なぁ、見てみ?月ってあんなに綺麗やってんなー」


飲み過ぎたんか、二人ともちょっと足元がふらついてる。コケでもしたら大変や。


「えー?なにー?夏目漱石ぃ?『月が綺麗ですね』ってぇ?(笑)」


「じゃあオレらは差し詰め『月がくっきり見えますね』ってところか?」


「たしかに(笑)久しぶりにあんなにはっきりとくっきりした月、見た気ぃするな」


酔っ払いな私は上機嫌でわろてた。


「オマエ、わかっててはぐらかしんてんのか?」


「えー?なにがー?」


え?何?酔ってて頭回らん。


「酔っ払いには、はっきり言わなわからんのかなぁ?」

 

「せやから、なにがー?」


え?何?私が酔ってるから?何がわからんのん?


「月がくっきり見えるじゃわからんか?わからんわな(笑)」


アイツの方こそ酔っ払いすぎて、自分で何言うてるかわかってへんのとちゃうか?(笑)


「なんやの?今さら『I love you』てか?(笑)」


「ちゃう」


「私の事、好きちゃうん?」


泣くふりしてみたり。


「なに嘘泣きしてんねん。せやのうて」


何が言いたいんや?


「ほな、なんなん?」


「『Marry me』やん」


「へ?」


ようよう見るとアイツは耳まで真っ赤やった。ウケる〜(笑)


「結婚してくれって言うてんの!」


「誰に?」


「オマエ以外に誰がおんねん!」


「え?ほな何?『月がくっきり見えますね』が『Marry me』で?で?え?結婚してくれって?」


「恥ずかしねんから何回も言わすなや」


なんや、耳が赤いのんて、酔っ払ってたからちゃうかったんや。いや、酔っ払ってるからこんな事言うとるんやろうけど(笑)


「返事……」


「ん?」


「返事は?」


「んー、や、なんて言うてええんかわからんわ」


「わからんのかい!嫌なんか?!」


「なんで?誰もそんなん言うてへんやん」


「せやかてわからんてことは、OKちゃうて事やねんやろ?」


「せやのうて!『OK』のこと、なんて言うたらええんかなと思て。『私もくっきりとした月が見えてますよ』とかでええんか?(笑)」


はぁーーと深く溜め息ついて、アイツはその場に座り込んでしもた。


酔っ払いは、おぼつかん足取りで駆け寄る。


「ああ、ごめんごめん。悪気はなかってん。せっかくやからなんか気の利いた返ししよかと思てたらなかなか思いつかんくて」


「なんやねん、そのウケ狙い……。この歳で勇気出して、せやのに断られるんかと思たわぁ……」


「ごめんて」


「……オマエな?指輪とかせぇへんやん?」


「あー、たしかにせぇへんな。落としたり外れんようになったりしたら嫌やから、つけへんな」


「……メガネやったら絶対につけるやろ?」


「そら、無いとなんも見えんからな(笑)」


「……」


「あ!コレ、結婚指輪の代わりやったんか!」


「アカンか?」


少し考えて、コイツらしいな、私ららしいなと思って吹き出した。


「ええやん(笑)そのかわりな?」


「そのかわり、なんや?」


「ちゃんと婚約指輪代わりのメガネも買うてな?」


「順番逆やん!(笑)欲張りやな」


アイツが笑ったので、


「せやで、知らんかったん?」


って、笑いながら手ぇ繋いだ。




「せやん、さっきの居酒屋」


「ん?」


「メニューの字ぃ、めっちゃよぉ見えたやんな(笑)」


「ホンマやな。頼み過ぎたかも。俺、腹いっぱいや(笑)」


帰り道、空にはいつも以上に月がくっきりと見えた。




「満月やな」


「ちゃうで。満月は昨日やで?」


男がロマンチックな事言うてるのに、現実的な事言うてしまう(笑)


「まあええやん。じゅうぶん丸いし。一日いちんちくらい、誤差の範囲やん(笑)」



きっとはたから見ると、酔っ払いの中年夫婦に見えるで、な?




……たぶんな。まあ知らんけど(笑)

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月の満ち欠け 3103 @3103

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