第2話 第二夜:上弦の月(じょうげんのつき)

嫌な夢を見た。



夢の中の私は高校生で、三人の女の先輩に囲まれてる。


みんな口々に私を責め立てる。


「××くんとどういう関係?」

「××くんと仲良くするの、やめてくれへん?」

「××くんに優しくされて、調子に乗ってるんとちゃう?」


誰の事を言うてんのか、夢の中ではなんでか名前はよう聞こえへんねんけど、それがアイツの事を指してるんは、わかる。なんとなく。


続けてアイツの元ヨメの名前を出してきて(やっぱりなんでか聞き取られへんねんけど)、さらに捲し立てられる。


夢の中では何もかもが曖昧で聞き取られへんのに、誰の事言うてんのんかわかるんて、ご都合主義でなんか不思議やんな(笑)


「◯◯ちゃんが可哀想やと思わへんの?!」

「◯◯ちゃんが××くんと付き合ってるの知ってるやろ?!」

「◯◯ちゃん、泣いてんねんで!!」


いや、そんなん泣いてるとか言われても知らんがな(笑)


むしろ、人気ひとけの無い場所に呼び出されて、三人もの先輩に周り囲まれて、一方的に罵倒されて小突かれてる私の方がよっぽど泣きたいわ。

泣かへんけど(笑)



こんな夢見た原因はわかってるねん。


今日仕事で行った先で、たまたまアイツの元ヨメの友達にうたから。夢に出てきた三人のうちの一人と会うたから。


まあ先輩らは元ヨメにいろいろ聞かされてんねんやろうなーとは思ってたけど。やっぱりか。


「アレ〜?久し振り〜!どないしてた〜ん?まあ、あの子から〜、それとなく聞いてるけど〜?『焼けぼっくいに火がついた』んやって?(笑)」


いやいや、笑いながらめっちゃ嫌味言うてくるやん?ケンカ売っとんかいな?腹立つな。うたろか?ケンカ(笑)


「どうも〜、お久しぶりですぅ〜。主人死んでからは、私が働かな食べてけませんからね〜。ボチボチやってますわ〜。でもね〜?最初から一度も火ィなんか着いた事無かったですけどね〜?ぼっくい(笑)」


って、笑顔で答えたったけど、絶対私、目ぇ笑てへんかったと思うわ。



だってな?夢とおんなじ事があったんやもん、昔。人気ひとけの無い所に呼び出されて囲まれてんもん、実際に。



若い時にアイツと付き合わんかったんは、こういうのに耐えられへんかったからってのもあったんやろうなーと、今更やけどそう思うわ。


まあ、もうどうでもええねんけどな。


ムカつくんはムカつく。


腹立つわー。


とりあえずその場はなんとかやり過ごしたけど、そっからなんとなく、モヤモヤするわ。



最近の週末は、どっちかの家に泊まりに行くんが暗黙のルールになってた。お互い子供たちはすでに独立してるし、なんの問題もないし。


ちょっとだけ時間に余裕のある私の方がアイツの家に泊まりに行く事が多かった。金曜日になったら仕事終わりに買い物してからアイツの家行って、ご飯作って二人で食べて、テレビ観て、だらだらして……。


今日もそう。

いつも通り。


「なぁ、オマエ今日なんか機嫌悪ない?」


「…………」


私は機嫌がわるなったら黙り込むタイプ。口開いたら愚痴しか出てけぇへんのがわかってるから。


「なぁ、たまには俺がオマエの家に行った方がええんかな?もしかしてコッチにばっかりさされるんめんどくさいか?」


「え?いや、別に。ソレはええねんけど」


「ソレで怒ってたんちゃうんか?ほな何に怒ってん?」


「怒ってるんちゃうし。……ただ私らって、どういう関係なんかなー思て」


「セフレ?(笑)」


「もうええわ」


帰ったろ思て立ち上がったら、腕掴まれて引き止められた。


「ウソ、ウソ!ウソやん!冗談やん……」


「……そんな冗談笑えんで?」


頭に来すぎて無表情になったわ。


「悪かったて……」


「せやけど……何なんやろね、今のこの関係」


とりあえずは座り直した。


「まぁなぁ、もしもの時には他人扱いやもんな」


「せやな」


「どっちかが倒れて救急車呼んだ時、ちゃんと一緒に病院に行けるんやろか」


「どやろ?」


「万が一、葬式とかなったら喪主はお互い子供らやろ?俺のとこは、元ヨメが親族席に座りよるかもなー」


ムカつく。相当ムカつくんやけど。


コイツの無神経な発言にもやけど、元ヨメの性格やったらほんまに親族席に座りそうなィするのが余計ムカつく。


「俺ら事実婚なんですー、て言うたとしても、一緒に住んでへんから通用するかわからんし……」


「え?私ら事実婚なん?」


思いもよらん事言われて驚いた。


「うーーーん。ちょっとちゃうような気もするなー?」


たしかに。そもそもそんな感じとちゃう気ぃするからこんな話になったんやし。


「まあなあ。今の私て通い妻状態やもんな(笑)」



……なにこっち見て顔赤らめとるねん、コイツ。


「……通い妻て……なんかエロい……。オマエ時々無自覚で俺のコト煽ってるやろ」


なんや知らん、じりじりとにじり寄ってくるから、じりじりと後退りした。


「別に。アンタの頭の中がエロいだけやんか!」


「もうええから黙ってて?」


うっわ重い。なあ、若い頃からしたらだいぶ体重増えてるやろ?


このまま流されるんは嫌やなー……て、思た瞬間、生温かいモノが身体をつたった。


「あ……ちょっ、ゴメン……」


アイツの重い体を押しのけて、私は慌ててトイレに駆け込んだ。



「あー、生理なったわ……」


「腹痛いか?大丈夫か?」


「たぶん大丈夫。……最近来んかったからなー。もう上がってしもたんかと思っててんけどな(笑)」


「ああ、それでちょっとイライラしてたんかな?」


「あ……いや、ソレはコレとはまた別の話やねんけど……」


「やっぱりなんかあったんやろ?」


「んー、正確には今日とか昨日とかやのうて、高校の時な。アンタには言わんかったけど、女の先輩らに囲まれてアンタの事で色々言われてん」


「はぁ?なんやそれ?」


「アンタの元ヨメの名前出してきてな?『あの子泣いてんねんけど?』って。『オマエ調子乗んなよ!』みたいに言われててん。まあ、昔の事やしもうあんまり気にしてへんかってんけどな。この前仕事の打ち合わせに行った先で、たまたまそん時の一人と偶然会うてん。ほんで私が今アンタと一緒におる事知ってたみたいで、嫌味言われてん」


「そやったんか……知らんかったわ……」


「まあ、私もこの事誰にも言うてへんかったしな。言うたら負けな気ぃして。その時は他の先輩がたまたま通りかかって、何とかおさめてくれたし」


「そんなん、そん時聞いとったら……」


「なんも変わらんかったと思うで?そんなもんやって」


そう言うてうつむいて、顔を見られんようにおでこつけて頭をもたげた。


「ええねん。今、まあまあ幸せやからええねん……」


「まあまあなんかい(笑)」



その日はそのまま腕の中に潜り込むようにくっついて寝た。


今まで心の奥底でおりになっていた記憶を共有した事で、ちょっとだけやけど気ぃ済んでんな、きっと。


そのおかげで久々に深くゆっくりと眠る事が出来てたような気ぃする。




……寝てる間になんかちょっと触られてたような気もするけど(笑)

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