終章

第39話 ちゃんと救ってあげるわ

 両脇の林の間から星空が見えた。よく見るとそれらは動いている。視界の上から下へゆっくりと流れる星々。ずりずりと擦る音がうるさくて、横たわったまま頭上を見る。黒い薄手の布。その向こうに白いものが透けている。


「なんだ、パンツか」


 言った直後、僕の視界は蒸れたストッキングで埋め尽くされた。甘い匂いが懐かしい。ペロペロしたい気持ちを抑えて、小さな足をタップする。


「目覚めた直後に幼女のパンツに欲情って、いっそ死んだ方がよかったんじゃない?」


 刺々しい言葉に反して、その表情は緩みきっていた。


「そっか、生きてるのか」


「ええ、しぶといわね」


 僕のお腹に小さなお尻をちょこんと下ろして、靴を履こうとするセルシス。


「あれ? 顔とか腕とか……」


 鬼人化して赤い筋が走っていたはずの身体は、すべらかな白い肌に戻っていた。


「シャルがあれを倒した後には消えてたみたい」


「僕の光が原因かな?」


「さあね。分からないわ」


 僕の身体からも傷が消えていた。二つ目の奇跡。これも僕の力によるものか。


 もしそうなら、これは世紀の大発見ではないだろうか。いや、そうに違いない。僕の幼女愛が奇跡を起こしたのだ。ロリコンは正義。ロリこそ神。


 どうやら僕はセルシスに引きずられているようだった。見回せば、すぐ側にリノたちもいる。


 僕が意識を失った後、合成鬼獣を失った軍は退いたという。その真意は定かでないけれど、勝てる見込みがなくなったからだろう。


 街で必要なものを買い集め、すぐに出発したらしい。懸命な判断だ。軍が退いたといっても放置するつもりはないだろう。あの戦いを見れば僕たちが人類にとって脅威となることは明らか。たとえ僕たちにその意思がなかったとしてもだ。


 そのことはすぐに世界中へ伝達されるだろう。


 新たなる鬼王が現れた、と。


「みんな、ごめん。普通の幸せな暮らし、できなくなっちゃったな」


 これからは追われる日々を過ごすことになる。戦いは避けられない。普通の女の子の暮らしなんて望めるはずもない。彼女たちの願いを潰えさせてしまったのは僕だった。虚しくて情けない話だ。


 けれど、彼女たちは笑った。


「バカなのか?」


「普通じゃないかもしれませんが、私たちは幸せですよ」


「しゃぅ、いいこ、いいこ」


「みんな……」


 幼女たちの優しさに触れて視界が滲んだ。


「まったく……救われないわね、おまえは」


 セルシスは僕に腰かけたまま頬をつねってくる。


「私たちの幸せは私たちが決めるの。おまえは私たちのために生きてればそれでいいの」


 何だよそれ……。横暴にもほどがあるだろ。


 挑むような笑みを浮かべ、彼女は薄い唇を開く。


「そしたら、ちゃんと救ってあげるわ」


 彼女たちの表情がとても眩しくて、僕は瞼を閉じる。堪えたかった滴が目尻から流れ落ちた。


 進んでいると誰かがいる気配がして、僕たちは一斉に身構える。


「ま、待って? 敵じゃないから!」


 木陰から現れたのは大きく揺れる双丘――おっぱい。その持ち主は引き攣った笑顔を浮かべ、身振り手振りで自分が怪しくないということを表現している。


「エマさん……」


 見間違うはずもない。このおっぱいは間違いなくエマさんのものだ。


「あはは、こんばんは」


 張り詰める空気に曖昧な笑みを浮かべていたエマさん。何かを決意したようにその場に膝を折ると、額を地面に叩きつけた。ふむ、これは悪い土下座だ。


「本当に、本当に、ごめんなさい!」


 彼女は顔を上げず、続ける。

「最低なことをしたって分かってます。許されることじゃないって分かってます。みんなの気持ちを弄んで、裏切って……本当にごめんなさい……」


 彼女は鼻をすすり上げる。涙を堪えた声。地面についた指先が土を噛む。


「今さらこんなこと言っても信じて貰えるか分からないけど、わたし……みんなといるのが、楽しくて……私のことをお姉ちゃんみたいに慕ってくれるのが、嬉しくて……」


 エマさんは大きく息を吸って、想いの強く込められた声で言った。

「都合のいいことを言っていることは分かってます。この場で殺されても文句は言いません。でも、もし、私にチャンスを与えてくれるなら。どうか、私の人生をかけて償わせてください」


 彼女を見る幼女たちの表情は辛そうだった。それはそうだろう。自分を裏切った相手をそう簡単に信じられるわけがない。


「何でもします。料理も洗濯もできます。戦えと言われたら命をかけて戦います。お金が必要なら、その……か、身体を使ってでも稼ぎます。だから、どうか、どうか……」


 震える肩にリノが手をそっと置いた。びくりとして、エマさんは顔を上げる。


「そんなのいらいないぞ」


 リノの言葉にエマさんは眉尻を下げ、俯いてしまう。彼女は否定されたと思ったのだろう。けれど、それは違った。


「まったく、エマもバカね。雑用はこれがいるんだから、そんなことしなくたっていいのよ。償いなんて要らないわ」


「そうですよ、エマさん」


「えま、らいじょぶ!」


 今に始まったことじゃないけれど、僕の扱い酷すぎない?


「エマはわたしたちと笑ってればいいんだぞ」


 屈託のない笑顔でリノが言う。


「みんな……」


 堰を切ったように涙を流すエマさんの頭を幼女たちが撫でる。これではどちらがお姉ちゃんか分からない。エマさんはその腕をいっぱいに広げ、幼女たちを抱き締めた。


「ありがとう……本当に、ありがとう…………」


 僕も起き上がってその輪に加わろうとした――エマさんの胸に顔を埋めたかった――のだけれど、近づいた僕に気づいて顔を上げたエマさんの幸せそうな表情を見て、おっぱいはまた今度にすることにした。ちっさ、と言われたことはまだ忘れていない。


 長い、長い旅が始まった。この先に何が待ち受けているか想像もつかない。辛いことや苦しいことばかりかもしれない。それでも楽しい旅になる予感があった。リノがいて、マリアさんがいて、カミュがいて、エマさんがいて、セルシスがいる。だったら十分だろう。


 星々の光を頼りに、僕たちは彼方へと続く一歩を踏み出した。


「何やってんだよ、セルシス」


 せっかくカッコよく締めたのに、セルシスだけ留まっていた。みんなは少しずつ離れて行ってしまう。無言の顔を覗き込むと、燃えるように真っ赤になっていた。潤んだ瞳が僕を見上げ、視線を逸らす。


「つづ、き……」


「へ?」


「あのときの、約束……続き……」


 すぐに約束の内容に思い至って、鼓動が異様な加速を見せる。


「あ、あれね……」


 動揺を見せまいと取り繕うほど、ボロが出て声が上擦る。


 セルシスは期待を乗せた上目遣いをすると、静かに瞼を閉じた。顔を上げ、少し背伸びをする姿がいじらしい。


 僕は慌てて後ろを振り返る。離れたところからリノたちがバッチリ観察していた。エマさんが口パクで告げる。


 ――男を見せろ、ロリコン。


 一言余計だし、見せちゃっていいのかよ……。


 彼女たちの好奇な視線を背負い、セルシスに向き直る。


 息を止め、鼻先が触れ合うほどの距離まで近づいた。


 愛おしい小さな唇へ、僕は自らの唇を――――

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世界を救った幼女と救われない僕 ww @ww_

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