第35話 武技複製者:モデュレイター
先ほどからまた青白い顔をしながら意識を失っているチヒロを抱えながら、レナは驚愕にその身を震わせていた。
(黒澤さん……ッ! 凄い……)
「アイツ、何なんだよ!? あれがホントにアタシと同じC級だってのかい!? おかしいだろ!」
美濃部もトーリの動きを時折目で追いながら、混乱した様子で吐き捨てている。
黒澤透利はレナ達にとっては、返しきれない程の恩義を受けた相手だ。人間としてその生き方に尊敬もしていたし、羨望もあった。ただ同じ冒険者になって分かったこともある。その他の冒険者と比べると地味、と言わざる得ないことだ。致命的に身体機能強化が働かないのだ。その為にあらゆる手を尽くして、裏を掻いて、罠に嵌め、たとえ
(あの身のこなし、もしかしたら吉岡さん以上だ……!)
トーリは今、
(身体機能強化は底上げしているはず。でも何でそんなに動けるの……?)
何かしらの手段を用いて身体機能強化を底上げしているのは分かった。最も可能性が高いのはあの超絶の魔術士による
だが今のトーリは、まるでそれが本来の身体であったかのように動いている。
(黒澤さんはいつも助けてくれる……お兄ちゃんみたいに)
レナ自身に兄弟はいなかった。だがもし兄がいたら、黒澤さんみたいな人が良いよねってチヒロと話したことがある。胸に抱えたチヒロを見つめる。チヒロの血は止まって、身体も幾分暖かさを取り戻した。でもまだ意識は曖昧なまま寝たり起きたりを繰り返しているし、呼吸も浅い。トーリの言ったように、ただ死を一時免れただけなのだ。何かがあればまたすぐに死に傾いてしまうだろう。
(助けて……おにい……!)
レナはチヒロを失う恐怖に身震いしながら、トーリを祈るような瞳で見つめる。レナの耳に
***
「――。――――。――。」
ジュリの
「――第九階位:
シオンの魔術名の宣言と共に、ジュリの周囲に浮かぶ魔法陣は殊更に輝きを強める。瞬間、高度圧縮された糸のような細さの水流が放たれた。その数一〇〇本。縦横無尽に駆け抜ける水流が通った後には、自らが致命傷を負ったことすら気が付かないまま、標本のように美しい断面を晒して
「――第一〇階位:
詠唱も無しに立て続けに放たれた魔術が、今度は地面に巨大な魔法陣を映した。それは蜘蛛の巣を意匠した魔法陣だと気が付いた時には遅い。魔法陣の上を、極太の放電が蛇がのたうつように暴れ狂う。全身を濡らした
「
(――ふむ、あちらも順調なようだな)
あまりの事態にパニックに陥る三〇〇〇匹越えの
(はい。透利様は
僅かな驚きを含めてシオンが、ジュリを讃える。シオンの予測ではトーリはそこまで強者では無かった。
(トーリの奴め。やはり我の予想通りじゃったな――シオン、トーリの戦闘記録を強力な身体機能強化があるという前提で再分析してみよ)
ジュリは己の分析が正しかったことに笑みを深める。シオンはジュリの指摘を受けて明滅を数瞬繰り返した。
(――分析結果算出。透利様は強力な身体機能強化があるという前提での剣技・武技を習得していると思われます。しかも剣技・武技に複数の
(その通りじゃの。あ奴は身体機能強化が働かぬ。なのに技術に関しては身体機能強化者のソレじゃ。それでは身体が十全に動かせないのも納得できる。余りにも出来が悪いので、確信が持てたのはトーリの記憶の中でじゃ……トーリめ、[
ジュリの思念に苦笑の雰囲気が広がる。
(あ奴は、ただ見ただけであの技術を身に付けたのじゃ。ただ見ただけでじゃぞ。本来、人が技術を身に付ける為には、修練と研鑽を重ねる必要がある。トーリは修練と研鑽を飛び越えて、観察するだけで技術の確信を理解できる。
[
シオンの中で理解が連鎖する。師匠もおらずに得ていた高い戦闘技能、自信の身体機能に不釣り合いな技術、その為に連続するミス。それらを統合してトーリという人間の全体像を把握し直す。そしてジュリの言葉を是と受け入れた。
(しかし[
身体機能が低い者が[
(そう考えるとトーリは随分と良い拾い物じゃったな。[
(二つ持っている割にはその選別に悪意を感じる程に最悪の組み合わせですね。
(それも我が居れば高みへと近づけよう。強くなるぞ――トーリは)
ジュリの言葉にシオンは魔石を瞬かせて同意する。話し込んでいる内に、トーリの方に変化があったようだ。シオンの感知術式に
(魔圧を検知しました。
***
QuLoaaッ!?
(――良し!)
トーリは
「黒澤、何をしたんだ!?」
取り囲む
「一緒に戦っている奴が助けてくれているんだ。別に俺が強いわけじゃない」
こんなに動けるのも
「では、その剣技は何だ!? ただ力を持ったC級の動きじゃないぞ!?」
「――? 凄いと思った冒険者の動きを見て研究してたんだよ。まあ只の真似だし、今までは全然使えなかったけどな」
力の無い冒険者が強さに憧れるのは当然だろう。トーリはそうやって強い冒険者が戦っているのを見るたびに、その動きを観察して、分析し、自分ならこう動くと模倣してきたのだ。今までは力が足りなくて出来なかったが、発揮するだけの身体機能を得た今なら見よう見真似で出来るのは当然のことだと思う。
「なんて常識外れな……。
その考えは吉岡にはすぐに受け入れられるものでは無かったらしい。眩暈を起こしたように頭を押さえながら、疲れた声で言った。
ジュリも絶好調な様子で、氷の壁の向こうではさっきから魔術の光がひっ切りなしに瞬いている。氷の壁が厚く高いために、どういったことが起こっているのかまでは分からないが、シオンがこちらを助けてくれる余裕がある以上、苦戦している事は無さそうだ。
(ん……? ジュリはこの世界の人間じゃないし、どう説明すればいいんだ?)
吉岡の言葉に対して発生する事象にまで想像が行き渡って、ジュリの存在に思い至る。トーリが突然強くなったことも含めて、あの規格外の力が知れたら恐らく大騒ぎになるはずだ。トーリは頭を悩ますが、トーリの知識ではどうこう出来そうにない。
(まあいっか。ジュリ、シオンも確実に俺より賢いしな。何とかするだろ)
そう思う事にして思考を放棄した。今は目の前の状況を打破することが先決だ。
QuLolololo
その咆哮も、殺意と怨嗟の響きを含んではいるものの力が無い。止めを刺すにはどうするか。
トーリがそう思案を始めた瞬間。
「――ッ!?」
腹を蹴り挙げられた
(
トーリは
「――
露わになったその容姿にトーリは思わず声を上げた。それは忘れるはずもない、上背は一九〇センチを超えたヒト型に近い背格好の
であることを告げている。
斯くして狂戦士は賢者と出会いました。 雨屋悟郎 @AmayaGoro
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