第34話 竜との攻防
「『死にたがり』の黒澤透利!」
吉岡が驚いたように声を上げる。基本的にB級より下位の冒険者には
吉岡は『
(こんなには、強くなかったはずだ)
熟達した冒険者ではあった。若いにも関わらず豊富な経験と冷静な判断力を持ち、
しかし技術はあっても強くは無かった。冒険者としては致命的な程に、魔力との親和性が低かったのだ。普通の市民とほとんど変わらない身体機能強化では、浅層階では立ち回れても深層階に行くことは出来ない。むしろそれで冒険者としてやれているだけで称賛に値するのだが、結局は黒澤の冒険者としての資質はその程度が限界だと判断していた。
だが目の前に居る男は、そんな吉岡の知識を超えて明らかに強力な身体機能を有していた。魔素を吸引して即座に身体機能に還元する身体機能強化は常に働く性質がある。長く冒険者をやっていれば、身近な所作からその動きに身体機能強化が掛かっているかどうかが判断できるようになる。少なくとも吉岡は出来る様になっていた。
「お前は黒澤……なのか?」
思わず場違いな質問をしてしまう。今がどれだけ危機的な状況かを考えれば愚問に等しい質問だ。黒澤はそんな吉岡の質問を完全に無視して横芝に走り寄る。
「ジュリ! 治せるか!?」
横芝の状態を近くで見ると、突然大声で独り言を言う。黒澤の行動に不信感を感じた瞬間、有り得ないことが起きた。
横芝の身体が緑色の燐光に包まれたのだ。横芝を抱きしめている渡辺も、あまりの驚きに感情が抜け落ちた顔をしている。
「生命力をぎりぎりまで削って応急処置をした、らしい。絶対に何もさせるな。僅かな傷を負っても、動いても死ぬらしい」
呆けたままの渡辺と横芝に黒澤はそう助言する。その言葉を聞いて渡辺がワッと声を上げて泣き出した。致命傷だったはずの横芝の顔は未だ真っ青だったが、呼吸は幾分落ち着いているように見える。あの傷を治したとでもいうのだろうか。次いて渡辺、アツコと緑色の燐光が包みだし、最後は吉岡自信も緑色の光に包まれる。
(上級回復魔術――!)
その回復量が半端ではない。通常、戦闘時の回復呪文は生命力を削りながら回復を行う。質の悪い回復呪文程、傷の回復量に対して生命力の消費量が激しいものだ。この魔法は生命力の消費に対する、傷の回復が桁違いだ。『
「取り合えず癒したそうだ」
事も無げに言う黒澤に対して、驚きに二の句を告げないでいると、更に衝撃的なことが起きた。
大聖堂の短辺を突っ切るように幾つも魔法陣が連なって出現した途端に、城壁にも匹敵するほどの巨大さの氷の壁が、脈絡も無く立ち上がったのだ。
「―――ッ!!!」
巨大さが異常過ぎた。その氷の壁は大聖堂という巨大な空間を横切る様にして完全に二分していた。高さは二〇メートル、差し渡し二キロメートルはある氷の中には逃げ遅れた
(――あの魔術の光の包まれた人物がやった事なのか!?)
遠目で見た限りでは人種の、しかも幼い少女に見えた。しかし今起こっていることが本当に少女一人で行っている事だとしたら、規格外などと言う言葉で表現することすら躊躇われる。人間では到底有り得るはずが無い。そして黒澤透利。現れたタイミングを見れば、あの少女と何かしら関係性があるのは明白だ。彼が突然強くなった理由もそういった所にあるはずだ。
「化け物か……ッ!」
吉岡にとっての予測できうる事態を大幅に超えたことが立て続けに起こっている。『智蛇の
「あんた、『
そこで吉岡は今の状況に気が付く。氷の壁によって、こちら側は
(敵……ではないはずだ。
黒澤の言葉によって、吉岡の思考は回り出す。黒澤とあの少女の強さは異常だ。絶対に吉岡にとって既知ではない秘密を抱えている。しかし少なくとも地上に出るまでは協力関係が築ける可能性が高い。
「協力させてくれ。そして
吉岡は突然の事態から復帰して、隊列を整えだした
(知略で戦える程、手持ちのカードが無いのが難点だな)
しかも黒澤と魔術師の少女というどういった出目になるか分からないカードまで紛れている。結局は出たとこ勝負、力押しになるはずだ。吉岡にとって最も得意とする知略を封じられてしまったが、それでも引くつもりは無い。吉岡にだってB級冒険者としての意地がある。
「仲間の無念を貴様らの血で注いでやる――
***
複数の
トーリは剣勢を殺さずに、細かくステップを繰り返して、敵の間合いを崩して攻撃が集中することを防ぎながら、次々と
(身体が、思い通りに動く……!)
動きながらトーリは自分の身体がの動かしやすさに驚愕していた。まるで今までの身体の使い方が嘘の様だ。トーリがこう動きたいと考えた通りに身体が答えている。そんな感じだ。
(これが、ジュリの
上方から飛んで来た矢を
(しかし驚いたな……)
助けに入った冒険者が、まさか孤児院の子供達だとは思わなかった。あの時、無為な死を選ばなくて本当に良かったと思う。
シオンの作戦の効果は着実に出始めていた。
(二時方向から集団魔術確認。詠唱妨害を行いました)
(すまない!)
シオンから念話で伝わってくるのは
粟を食ったのは
トーリたちは順調に
(
「黒澤!
シオンと吉岡が脳内と音声で同時にアラートを告げる。吉岡はシオンの補助は入っていないにも関わらず、
QuLOOOOOOッ!
ついに
それでも竜種は竜種だ。強力な
(
シオンの情報を聞きながら、トーリは身構える。
ガツンと上下顎の合わさる音が間近で響く。
(硬いな……!)
キン、と金属鎧に剣が接触したような音を立てて、剣戟は遮られる。ただの物理攻撃は
顎と爪という二連撃を防がれた
直線、曲線を織り交ぜて高速で刺突を繰りかえしてくる。それをトーリはギリギリのタイミングで避け続ける。軌道を逸らすために接触した
(行ける……! 行けるぞ……!)
全身に張り詰めた糸の様な緊張を纏わせて、十全に動く身体を確かめる様にギアを上げる。トーリの口元には薄く笑みが浮かんでいた。
トーリは何度目になるか分からない尾の攻撃を避けながら、
突き込まれる尾の勢いも利用して、
硬質な金属同士が擦過する甲高い音と共に火花が盛大に散る。
やもするとはじけ飛びそうになる
するとビシリと音を立てて、
トーリの笑みが深くなる。超硬の鱗の下は、柔らかい筋肉だ。
「斥――ッ!」
トーリは尾に沿わせた剣の軌道を、斥力の力を使って無理やり九十度方向転換させる。
QuLOOOッ!?
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