第33話 邂逅②
「よい、トーリならば大丈夫じゃ」
ジュリの進言に、トーリは驚いたように顔を上げた。まさかジュリがトーリの事を肯定するとは思ってもみなかったのだ。
「――いいのか?」
思わずそう聞いてしまう。これは救う為の作戦だ。死んでも構わないと、無謀な戦いに挑むのとは訳が違う。やるからには失敗は許されない。不安そうな顔をしていたのだろう。ジュリが苦笑する。
「なんじゃ怖いのかの? 貴様が言い出したことじゃぞ。もちろん危険はあろう。今は圧倒的に人手が足りぬ。貴様にも命を懸けてもらう。しかし、シオンも我も絶対に無理な作戦は立てぬ――貴様は貴様の実力を信じよ。トーリは思っている以上に強い。弱かったのは一人だったからじゃ」
言っている内に恥ずかしくなってきたのか、ジュリはやや顔を赤くして俯きながら早口に言う。相手が照れればこちらも照れる。そういうものだ。トーリも今までジュリに褒められることなんて無かったので面映ゆさを感じた。たかが一〇歳に満たない見た目の少女に何照れているんだか、と自分を嘲うが身体は正直だ。顔が熱くなるのを感じた。
「なんですか。二人して
「うるさい」
「黙れ」
シオンの呆れたような突っ込みにトーリとジュリは同時に突っ込む。しかし覚悟は決まった。今はジュリとシオンを信じることにする。トーリに出来るのはそれだけだ。自分よりも、自分を信じてくれるジュリを信じて戦うのだ。
「分かった。俺が
力強く頷いたトーリを確認して、シオンは瞬く。
「了承が得られましたので作戦実行に移ります。作戦名『曙光の鉄槌』――開始いたします」
シオンの宣誓と共に、ジュリは満足そうにうなずく。また大層な名前が出て来た。どうやらシオンはジュリと同じような
そんなことを思って戦場を見る。
不意に洋服の裾が引かれて振り向けば、ジュリが端を握っていた。その顔は真っ赤だ。
「トーリ。我を信じよ。少なくともこの戦いだけはな。我は貴様を絶対に裏切らぬ。どんなに理不尽で無謀だと思えることも信じてついてきてくれ」
そう伝えることが随分と恥ずかしかったのだろう。ジュリはトーリの顔は見れないとばかりに俯くとそのまま固まった。トーリの答えを待っているのだと気が付く。その様子が可笑しく感じてトーリは口元を緩めた。途轍もない魔術への造詣と技術を有し、異世界から渡って来たとしても、ジュリの見た目は一〇歳以下の少女のそれだ。もしかしたら中身も相応に幼いのかもしれない。
トーリは目の前にあるジュリの頭にポンと手を置いた。ジュリは最初ビクリと身体を震わせたが、トーリが撫でてもされるがままになっている。俯いたまま顔は見えないが、嫌では無いのであろう。
「俺は信じるよ。あの地底湖で俺を助けてくれて、今こうして共に命を掛けようとしてくれている幼い賢者を信じることにする」
噛み締めるように、ジュリへと感謝の気持ちを伝える。彼女が居なければとっくの昔に死んでいただろうし、鬱屈した気持ちのまま人生を恨んでいただろうから。トーリの事を本気で怒って、仲間になると言ってくれたのはジュリだけだ。それだけでも信じるに足る。
ジュリはトーリの言葉を聞くと、バッと飛びのいた。
「ふははは、甘言に引っかかりおってからに! 言質は取ったからな! トーリは作戦中、我の命令には絶対服従じゃ!」
言葉こそ魔王調だが、耳まで真っ赤になった顔が言葉通りの意味では無いことを証明している。トーリは苦笑しながら「はいはい」と頷いた。
「それでは参りましょう、ジュリエッタ様――矮小で無知蒙昧な
「ああ行こうか。
ジュリがそう唱えた瞬間、シオンの中心になっている杖の瞳の部分の魔石がひと際強く光輝いた。
「
――
シオンの機械的な音声と共にジュリの脚が地面から離れた。シオンの中枢たる杖はジュリの後ろに浮かびあがり、その前でジュリは両手を大きく広げた状態で浮かぶ。目が離せないトーリの前で変化は続く。浮かぶジュリを覆う様に球体の魔法陣が五重で展開し、更に細かな魔法陣群がその周囲を取り囲む。その姿はまるで光輪を纏った神の様だ。畏怖をトーリに植え付ける。
そして魔法陣の展開がひと段落したかに見えた時、ジュリの目から一筋の血が流れた。
「お、おい! ジュリ! 血が出ているぞ!」
トーリは慌てて声を掛ける。出血はみるみる全身に広がり、両目、鼻腔、口腔、手足と全身に流血が広がる。既に全身血だらけの状態だ。ジュリの後方に掲げられたように浮かぶシオンが輝く。
(――ご安心を。
(……案ずるな。別に死なぬ)
二人の声が思念波としてトーリの中に流れ込んでくる。実際の音声は詠唱を続けている。この状態でも止めるつもりも無いらしい。
「……大丈夫なのか?」
(そんな心配そうな顔をするな……)
トーリの顔を見て、苦笑を含んだジュリの思念波が響いた。見た目はどう見ても大丈夫そうでは無いが、本人が大丈夫と言うのだから信じるしかない
ギャアギャアと大聖堂の地面の方からも
ジュリから流れ落ちた血液は、ジュリの周囲に漂ってそこからも魔法陣を形成し始める。
(鮮血の魔女――か)
出合った当初に、そういう
シオンが長大な術式詠唱を終える。
「前駆魔術域正常展開。魔術核――複合圧縮詠唱を開始してください。
「――。――。――――」
それは
「対象者指定、黒澤透利。
――第三階位:
――第三階位:
――第六階位:
シオンの魔法名の宣言共にトーリの身体に魔術が舞い降りた。
(身体機能強化、魔法防御力向上、継時回復補助です。効果時間は二〇分程ですので、ご注意を)
同時に念話でシオンが効果について補足してくれる。
(これは……!)
全身が
(では、行こうかの。我らが前に立ちはだかる全ての愚者を撃ち滅ぼしに――)
ジュリから念話が響いてくる。実際の口では謳いつづけていた。
(透利様。ジュリエッタ様と透利様で別地点に飛ばします。ジュリエッタ様が囮、透利様はその裏で冒険者たちの確保を急いでください。恐らく
「分かった。やってくれ」
トーリの声に、シオンが答える。
「対象者指定、ジュリエッタ=リンクス=アーデルハイド、黒澤透利。射出座標規定――誤差修正。
――第五階位:
トーリとジュリの回りに風が纏わりつく。そう思った次の瞬間には、トーリは地面から踊り出ていた。
(――落ち……!)
本能的に落下の恐怖を感じるが重力に捉えられることは無かった。放物線すら描くことも無く直線的に射出される。
見る見る近づく地面と
「待っていろ――今、行く」
***
チヒロの身体が冷たい。呼吸も小さくなって来ている。少しでもチヒロの熱を逃がさないようにずっと抱きしめているのにどうして、とレナは呪う。自分の弱さを。何もできない脆弱さを。
「なんだ!?」
横で聞こえた吉岡の驚愕の声にレナはゆるゆると顔を上げる。周囲に居る
(――女神……さま?)
それは後光を纏った女神だった。沢山の魔術的な光に護られ、遥か高みからこちらを見下ろしている。
歌が聞こえて来た。独唱のはずなのにその声は複雑な音階と、異なる旋律を同時に刻みながら大聖堂の中に木霊する。決して大声ではない。なのに大聖堂中に響いていると何故か確信が持てた。胸を締め付けるような、悲しい歌だ。
「……あれが……魔術……!」
「チヒロッ!?」
チヒロの声に見れば、弱々しいながらも目を輝かせて光の女神を見つめるチヒロの姿があった。
「話しちゃ駄目!」
「……レナちゃん。あの歌、全部が、圧縮された詠唱だ……。それに、あの魔法陣の数……すごい……魔術はここまで……」
レナの制止も聞かず、チヒロは食い入るように見る。その瞳には羨望と、目標地点を見つけた獰猛な力があった。チヒロは魔術の才能に目覚める前から、魔術について勉強することが大好きだった。魔術について書かれた書物は未だ少ない。そんな中でも図書館に通い詰めて、公開されている魔術書を読み漁っていたのだ。チヒロの夢は魔術の神髄を理解すること。それがこのタイミングで現れたのだった。
チヒロは震える手で光の女神に向かって手を伸ばす。それが届かないと分かっていても。
「あ!」
光の女神が高所から途轍もないスピードで移動した。まるで流れ星だ。その流れる位置はこことは違う。
(お願い! ここに来て!)
あの女神様がここに来てくれれば、今の絶望的な状況を何とか出来るかもしれない。しかしレナの思いと裏腹に流星は別地点に消えた。希望が潰えたかに見えた瞬間――。
近くの地面が爆ぜた。爆発としては小規模だ。その付近にいた
舞い上がった粉塵も大したことない。すぐに晴れて、その中心から男が現れた。
みすぼらしい容姿をした男だった。黒で統一された衣服はボロボロで、煤けていた。
レナもチヒロも男の顔に見覚えがあった。大恩のある相手だ。忘れるわけがない。
レナは目を疑う。熟練ではあったが決して強い冒険者では無かったはずだ。だが、今男が放っているのは圧倒的な強者のそれだ。
――感じたのは希望だった。状況は最悪なのは変わらない。一人助けに入ったところでどうにかなる状況を越えている。助かる見込みは少ない。しかしそんな理屈を超えて、レナの心に希望が芽生えていた。
男はこちらを振り向くと、レナとチヒロの顔を見て一瞬驚いた表情をした後、言葉少なにこう言った。
「――助けに来た」
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