第3話

村の中心にある広場へと到着した。いつもは村人の憩いの場としてよく人が集まるのだが今日に限っては人がいない。

誰かが噂したのだろう。


……いま村の中に剣鬼がいる、そう耳にした。


なんともまぁカッコいい名前をつけてくれたものだ。


そんなことはさておき行商人だ。誰もいないというなら都合がいい。ちょうど馬車も見えた。あと数分で着くだろう。


「だから、な? アイリ、見られるぞ。早く腕から手を離しなさい」


「最近思うんだ。見られてもいいじゃない、見せつけてやろうって」


「やめてください」


そう言うとしぶしぶアイリは腕から手を離してくれた。なんで俺はこんなことされてるんだ……。


アイリやルナと仲が深まるのは学生編からのはず。何か俺は間違えたのか?いや、そんなはずない。この頃はサクッと流される時期である。特別何かをしなければ好感度なんて上がるはずないだろう。


たまたまだと自分に言い聞かせているうちに馬車が到着した。

軽やかに老齢の男性が降りてきた。


「おぉ、ルウシェ殿。久しぶりですな」


「久しぶりです、ミステリさん」


このダンディな男性はミステリ=スピアセルさん。名前からわかるが貴族の方だ。そしてゲームでも有名な人物だ。

主人公がいる村に絶対定期的にくる商人。どの店よりも良質な品を買うことができ、売る時も高く買い取ってくれるため、かなりありがたい人である。


魔王城近くの村でも現れるため、プレイヤーからは鍛えられた最強のホモと言われている。事実は不明である。しかし、主人公の採寸をしたがり、時折熱っぽい目で見てくるため意外と的を得てるかもしれない。


……いやまさかな。この人は妻もいるし、ただの救済キャラだろう。服の採寸だって俺の場合女性にされる方がきつい。

熱っぽい視線?……知らんな。


まぁ世話になってるし本当にいい人なのでホモでないことを祈るしかない。


「いつもありがとうごさいます、こんな田舎まで」


「なにをいいますか。貴方様との会談は非常に楽しいので、それだけで価値がありますよ」


「そう言っていただけるだけで嬉しいです」


「ところでこの防具はどうでしょう。少し大きめで貴方様に合うか分からないので少し裏で採寸でも――」


「あ、結構です」


そう言いながらミステリさんの品を見ていく。やはりどれも一級品ばかりだ。

ポーション、魔道具、防具、武器。どれも今の俺には必要なものだ。しかし手持ちが今回は用意できていないためせいぜい買えるのは一つ。


悩んでいると服の裾をクイクイと引かれる。なんだと思って振り向くとアイリが一本の剣を指差していた。


「ほう。そちらのお嬢さん……アイリさんでしたか。お目が高いですね。それは名も無き魔剣、選ばれしものが持つと恩恵をもたらすと言われています」


「へぇ……。何でアイリはこれを勧めてくれたんだ?」


「えっと、何故か目についたんです。兄さんはこれを装備するべきというか、何か頭によぎったような…」


さすがヒロインの一人というべきか。この剣はデメリット付きとはいえかなりの業物だ。この剣を持つことが出来れば当分他の剣は必要なくなる。

これならダンジョンも安心していけると思った俺は迷うことなく買うことを決めた。


「ミステリさん、これください」


「お買い上げありがとうございます」


良いものを見つけてくれたので震える手を押さえながらアイリの頭を撫でる。


最初はニヤケ顔を俺に見せないようにかひきつった顔だったが数秒後にはふにゃっと可愛らしい顔になった。


「えへへ」


さて、ご機嫌とりもできた。


魔剣を手に取り、俺はデメリットを克服するまでの修行内容とダンジョン攻略を脳内で考え巡らせていた。

俺が武器を手に入れるまで行くことを自重していたダンジョン、その名も魔のゴブリンの巣。

ここは難易度自体は難しくないがゴブリンの数が異常なのだ。なので一撃で仕留めるくらいの能力がなければ大量のゴブリンによってタコ殴りされて詰むことになる。

だが木刀という最弱武器でなければあんなダンジョンどうとでもなる。そしてソロクリアすれば特別報酬が出るはずなのでイイコト尽くしだ。


……あとはデメリットか。


「……兄さん」


少し神妙に考えているとアイリが顔を覗き込んできた。


「ルナさんは村人の方と話してて今日はこれ以上ついてこれないんだって」


「へぇそうなんだ」


顔が緩みそうになるのを何とか抑える。幸福感に全身が浮かび上がっているようだ。ルナがいなければ今日は自由にできるぞ――!

あとは適当にアイリを追い払うのみだ。


「なぁアイリ――」


「せっかく時間が空いたし、久々にボクの稽古つけてよ」


……人生上手くいかないのね。

だが時々にはいいかもしれない。ここはエロゲ世界ということもあり、出てくるモンスターに女形がいたりする。敗北シーンも用意されており、ゲームであれば安心して見れた。

だがこの世界では俺にとって死を示す。いざというときに動けなけなかったらまずい。

ダンジョンを攻略したらとあるイベントが発生する。そのためと思うか。


「そうだな。じゃあいつもの場所行こう」


こうして俺とアイリは修行場へと向かった。






◇◆◇◆








互いに木刀を持ち向かい合う。

敵は一人の女の子。だがそのあまりものプレッシャーに膝が崩れてしまいそうだ。云い知れぬ戦慄が、全身の皮膚を暴風のように這いまわり、駆けめぐるのを感じ初めた。歯の一枚一枚がカチカチと打ち合うのを必死に押しとどめている。

主人公ルウシェがここまで怯える相手――その名も。


「じゃあ兄さん,行くよ―」


彼の義理の妹、アイリである。久々に兄に稽古の成果を見てもらえるためか嬉しそうである。

しかし、主人公ルウシェは心の中で思う。


「(あーもうやだやだ。ほんとに近づかないでぇ――!)あぁ、来い」


その言葉を合図にアイリがこちらへと踏み込んでくる。その瞬間に脳裏に数秒後の未来が予想される。

アイリの狙いは顔面……ではなくそれはフェイント。避けたところで腕に打ち込み剣を持たせないようにすること。

それをすぐさま察知し、あえて近づき顔面へ木刀を直前まで引き付けた。

予想外の動きによってアイリが固まる。その隙を見逃さずしゃがみ込んで木刀を躱し、蹴りで木刀を弾き飛ばして首に木刀を添える。


勝負ありだ。


「……兄さん強すぎるよ。少し手加減してよ」


「まえに手を抜いた時一日中不機嫌だったじゃないか」


「あれはあからさますぎるからだよっ! こう、いい感じに長い時間打ち合ってよ」


無茶言うな。

ゴブリンキングと戦う時よりも心臓がドクドクとうるさくなっていた。全身が脂汗でべったりと濡れている。

俺が女性の一メートル以内に居れる時間は約三分ほど。どこかのヒーローと同じだ。

その三分を超えると心臓が暴れ始め、足の震えが誤魔化せなくなる。そのため短期決戦が求められる。


「それだとお前の手が俺の力に耐えられず手が痛むぞ、やめたほうがいい。アイリはアサシン向きだろう」


長時間打ち合いたくないという理由もあるがこれも事実だ。

アイリは本来スピードタイプ。敏捷が高く、会心の一撃を出してくれるキャラだ。正面切って戦うべきでないと何回も言っているのだが。


「それだと兄さんの隣に並べないもん……」


ついに目じりに涙が浮かんできた。

これなのだ、アイリは俺の横で戦いたがる。危険だし戦闘スタイルにもかみ合わないのでどうにかできないものか。


返す言葉が思いつかないので返事をする代わりに頭を撫でてやる。

どうもアイリは言葉にはしないが愛情表現を求める。しかも俺に。正直やりたくないが放置すればゲームで言うストレス値がマックスになりこれまたバッドエンドルートに行く。


マジふざけんな。


俺の内心とは裏腹に頭を撫でられた妹は少し顔を赤らめながらも嬉しそうな顔をした。

女性恐怖症の俺ではあるが、こんなにも俺に尽くそうとしてくれる女の子を見捨てるほど下種ではないしなりたくない。


まぁ、幼少期はこの子の親代わりでもしてやろう。どうせ魔王を倒さないと離れられんしな。


こんな風に、もう後戻りしない確かなぬくもりの風が感じられる春の昼。

俺は川から跳ねた水滴が顔にあたる場所で、妹のアイリと過ごしていた。

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女性恐怖症の俺がエロゲ攻略なんて不可能だろ! @ningen0000

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