第2話
「……やっと追いつきました。兄さん、なんで逃げるんですか」
「ほんとだよね~。朝もいっつも逃げるんだよ」
お前らが追いかけてくるからだろっ、とは言えない。
「俺は修行は一人でしたいんだよ。そのほうが集中できるしな」
「兄さんは集中したら一日中ここにいるじゃないですか。だったらちょっと集中が切れるほうがちょうどいいと思いますけど」
「……なんで一日中ここにいたらいけないんだ?」
思わず疑問が出た。別に俺が一日中いなくても誰も困らんしなぁ。しかも魔王倒すためには技術が必須。一秒たりとも時間を無駄にできんのにルナとアイリが居たら精神力だけしか鍛えられないのですが。
やべぇ、気を抜いたら汗がまた噴き出してきやがった。
そんなこと思っているとアイリとルナが固まった。何かおかしいこと言ったか俺。
だが気にすることはないだろうと思って雑念が混じるのは仕方ないが素振りを開始する。
しかし十回もしないうちにアイリが詰め寄ってきた。
「兄さん! 今日は村で買い物しましょう」
あまりに近距離だったので思わず声が固まる。
「……うーむ。(村で買うものかぁ。俺には売ってるもの全部劣化しているように見えるし、作った方が便利だから)行きたくないなぁ」
思わず口がまわらず省略してしまったが伝わっただろう。アイリから距離をとり、背を向ける。
はぁ、今日は厄日だ。二人はどっか行ってくれないし、走って危険だがダンジョンまで行くか?
そこはまだ位置バレしてないし丁度いい。けれどアイリは撒けるが、ルナがなぁ……。
普段はドジなくせに俺を追いかける時だけ異常な追跡力を発揮するルナをどうするかウンウン唸ってるとルナが俺に喋りかけていたようだ。
やべぇ、聞いてなかった。だが、舐めるなよ。前世から培ってきた適当に話を合わせる俺の力を……!
「だからね、村の人たちともちゃんと話せば……」
「心配しなくていい。俺は、大丈夫だから」
適当に濁してこれ以上話を続けるなという雰囲気がでるような笑顔を作る。これなら気遣いができる二人ならこれ以上踏み込んでこないだろう。別に踏み込まれても俺が女性恐怖症という答えしか出てこないが。
そして俺が言ってから予想通り無言の時が流れ、小鳥の囀りしか聞こえない空間が出来上がった。
誰もいないときなら大歓迎なんだがこの場に人がいる、それも女子となると気まずさがこの場を支配する。
……俺、何かミスったか?
もやもやするのを木刀を振ることで霧散させる。そして何回か素振りしているうちにすっきりしてきた。
やっぱり鍛錬は最高だぜ!
そんなことを考えていると何を思ったかルナが急に俺の手を握ろうとしてきた。思わず条件反射で後ろ向きバク転をかましながら回避してしまった。
やめろぉ俺の体! 好感度下がりすぎるだろ!(建前)
ナイスゥ!(本音)
とは思いつつも流石に大胆に避けすぎた。大丈夫か……?
チラッとアイリとルナを見るとむしろ俺を誘おうと躍起になっているように見えた。なんでやねん。
「兄さん……。お願いです、兄さんがいないとつまらないんです。最近頑張りすぎてますし、一日ぐらいいでしょう?」
むむむ……。ここまで執拗に誘われると少し冷静になってきた。
この世界はある程度シナリオに沿って動いていることは既に確認したこと。それはゲームでは表記されていないことでも適用されている。
ゲームでシナリオにはなかったが設定だけに書かれていたルナと主人公との出会い。
ルナが山で山菜摘みの最中にゴブリンに襲われるというもの。それをルウシェがボロボロになりながら助けるというものだ。
俺はこれイベントじゃないし、あらかじめ森にいるゴブリン狩ってたら会わなくて済むんじゃねと思ってゴブリンを殺しまくっていた。そのおかげでルナは山の中で襲われることはなかった。
問題はそれからだ。原作が主人公とヒロインの一人が会わずに、しかも無傷で全てを終わらしたことをこのままでいけないと思ったのかルナが村に到着した瞬間、異常は起きた。
これまでいくら探しても見つからなかったゴブリンが突如急発生し、村を襲い始めたのだ。これだけならまだしもその中にはゴブリンキング、ゴブリンメイジ、ゴブリンナイトもいた。
当然こんなところには湧かないモンスターだ。こんなんポンポン出てたらとっくにこの村は潰れている。
命大事にがモットーの俺は逃げ一択だったがその状況は間違いなく俺の責任だったので仕方なく血だらけになりながらゴブリンどもを殺し尽くした。
少し展開は変わったが俺がボロボロになりながらルナを守ったという流れは出来上がった。この出来事から俺は原作から離れすぎことをすると強制的に辻褄を合わせられることに気づいた。
今回もそうなのか……? ここまでアイリが俺を執拗に誘ってくるのは珍しい。さすがの俺も設定やキャラの過去は覚えていない。またイレギュラーが起きるのもキツイし今回は誘いに乗っておくか。
「……わかったよ」
「……えっ。ボクたちと一緒に来てくれるってことですか?」
「そこまで言われたらな。ちょっと着替えるから家に一旦帰るぞ」
「兄さん、ありがとう!」
そう言ってアイリとルナは満面の笑みで喜んでいた。ふっ、画面越しなら惚れてたぜ。
走って家まで戻る。運動着を脱ぎ、余所行きの服装……ではなく。
女性対策の服装に着替える。冷や汗、鳥肌を隠すために長袖長ズボン。
アイリ、ルナが急に手を握ってきたときに少しでも被害を和らげるための手袋。
よし、準備完了。逝く……おっと間違えた。行くとしますか。
外に出るとアイリとルナが待っていた。先に村に行っていたんじゃないのか。
「すまん、待たせた。先行っててもらっても良かったんだが」
「なに言ってるの~。私たちがルウシェ君置いて先に行くわけないよ」
「そうです。ボクはともかくルナさんは兄さんがいないとどうしても耐えられないって言ってましたし」
「んにゃっ! そんなこと言ってないですぅ~。むしろアイリちゃんのほうが……」
その瞬間アイリがルナの口を押えた。俺の目でもなんとか見えるくらいの速さだと言っておこう。
少し顔を赤らめたアイリがこほんと咳をし、村へ早く行こうと言った。あんなに俺以外の人を拒絶していたアイリが自分から進んで村へ行こうとするのは嬉しく思う。そのまま帰ってこないでください。
村への道中、俺たち三人で話しながら向かう。
「しかし、なんで急に村に行こうって言いだしたんだ? ……アイリ、ついに村に住みたいと――」
「そんなわけないです」
「アッソウデスカ」
残念。しかしそれだとなお目的が分からない。
そして俺への質問はアイリが答えた。
「えーっとね。……そう! 今日は行商人が来てくれる日なんだよぉ」
「あー……。確かに何か珍しいものがあるかもな」
「ですです。なので村の人たちと一緒に住みたいなんて言うわけないです」
そこは言い切らないでほしかった。こんな会話で村までの時間は過ぎていった。
◇◆◇◆
ひそひそと俺を指さして何かを話している。その方へ向けば、パタリと声は止む。
まるで犯罪者にでもなった気分だ。……気にはならないが面倒くさい。俺をいないように扱いながら、俺が何かをしないか一挙一動を見られている。随分と警戒されてるもんだ。
思わず笑ってしまうとルナが気を使ったのか村人のほうへと歩いて行った。まだ若いのに苦労する。ああいうのは気にしたほうが負けなのだ。
「兄さんは悪くないよ」
ルナがいないので言葉を崩したアイリが俺に話しかけてくる。
悪くない……? なんのことだろうか。だが会話するのも疲れる。気にしないでいいか。
「アイリ、何度も言うが俺は気にしていない。むしろおかしいのは俺の方だ。この態度は正しいぞ」
それでも無視は良くないので返事は返す。多分アイリが気にしているのは村人の態度。アイリは原作同様仲良くなった者には優しいが、それ以外には捨てられた過去のせいかかなり冷たい。
だから今の村人たちを批判しているのだろうが、俺だって本来中級冒険者パーティでやっと倒せるゴブリンキングを倒せる子供がいたらこんな態度をとるだろう。
だがアイリは気に食わないようだ。
「正しくなんてないっ! 兄さんがいなきゃこの村は潰れてたのに……」
「その潰れるはずの要因を取り除いた異常な子供だ。なおさら恐ろしいだろうよ」
もうこの話はおわりだと言い、行商人が来るであろう場所へ向かう。真剣ないかなぁ~。
こんな村では貨幣ではなく物々交換もできるため、子供の俺でも買えるだろう。魔物を狩れる俺は物々交換が出来るとなると、お金持ちの分類に入る。アイテムボックスを確認しながら歩いてるとアイリが俺の手を握った。
油断してたぁぁぁぁぁ!!
二人きりになると甘えてくるアイリ。俺が村の人に避けられているため、人目がなくなる。ルナもどこかへ行った。
だれかっ、誰かいないのか!!!
だがさすが俺の嫌われっぷりというべきか行商人が来るまで誰も来ることがなかった。
おのれ魔王め! 絶対お前を倒して女子のいない生活を送ってやるからなぁーー!(とばっちり)
ルウシェの心の叫びが悲しく響いた。
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