風青し

柳碧子

 私の朝は早い。毎朝6時に起きて、洗面所で顔を洗い歯磨きをする。朝食を食べる前に歯を磨くのは、就寝中に口内で繁殖した菌を洗い流すためである。歯磨きを終えると、朝食の準備に取り掛かる。朝食は毎日同じであるから、慣れてしまえば楽なものだ。雪平鍋に水を入れ、火にかける。顆粒だしを投入したら、乾燥わかめと油揚げ入れ、沸騰するまで待つ。その間に、薄口醤油と三温糖で味付けをした卵焼きを作る。私が三温糖を使う理由は、白糖を使うと味がどぎつくなってしまうからだ。これだけは譲れない。卵焼きを作り終えると、丁度、先程の鍋の中がぐつぐつと沸騰しだすので、一度火を止める。そして、こし器で麦味噌を濾し、再沸騰させる。ここで、あまり沸騰させると、辛くなってしまうので、沸騰させるのは一瞬だ。出来上がったものを食卓に並べ、最後に炊飯器からご飯をよそう。朝食の出来上がりである。

 この家に住むのは私一人であるから、他の人を起こす必要も、待つ必要もない。一人で食卓につき、一人で合掌をし、一人でいただきますを言い、一人で食べる。実家を出る前は、いつも家族揃って賑やかな中でご飯を食べていたが、今は、この静かな、どこかの怪しい宗教の儀式のような雰囲気の朝食にも慣れたものである。無駄の無い動作でさっさと食べ終わり、食器を流し台に持って行って水に浸ける。これをしておくのとしておかないのとでは、帰宅後の家事のお手軽度が雲泥の差なので、必ずそうする。一度、水に浸けるのを忘れた際は非常に大変だった。桜の絵が焼き付けてある黒地のお気に入りの茶碗に、真っ白い米粒がへばり付き、雪が降った様になっていた。しかも、スポンジで擦ってもなかなか落ちない。その日、私はただでさえ、仕事でヘトヘトだったというのにこの仕打ちだ。もう、自分自身に呆れ、疲れ果て、一瞬ムキーッ!と、叫びだしそうになったくらいである。もう二度と、同じ過ちはするまいと、あの日私は、桜のお気に入りの茶碗に誓った。

 いそいそと洗面所へ行き歯を磨く。さっと髪の毛を手櫛で解いてヘアセットは完璧だ。私は、清楚で可憐で可愛らしく、どこか良いところのお嬢様のような女性であるから、(周りからの評判もそこそこであるだろうと予測している。)髪の毛までもそんな風に出来上がっている。だから、朝から必要以上に洗面所に篭ることはない。あとは、簡単に化粧を施し、いつもの白いブラウスに紺色のフレアスカートに着替えれば準備は完璧だ。


家から会社までの道のりには毎日たくさんの発見があって面白い。いつもあの電柱に尿を引っかけている犬と、その尿が描く放物線をじっと見つめる飼い主。

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風青し 柳碧子 @hakubotan

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