オキュロス

江戸端 禧丞

スープのレシピ

 僕のお師匠様が作るスープは、とても美味しい。でも、以前そのスープのレシピを教えてもらった時には、人間の一部が入っていると知って卒倒してしまった。僕は人間を、嫌いになれないのだ。というのに、お師匠様は今日も嫌な予感しかしない鼻歌を歌いながら、小屋から出ていった。


 留守番を任され、台所を掃除していた僕の背に、明るく弾んだお師匠様の声が掛かる。ほんの短い時間で帰ってくると聞かされていたから『おかえりなさい』を言うべく振り向いて、腰を抜かした。大きなバッグの中に、人間の首がいくつも詰め込まれていたからだ。なんでも、たまに人間が大量発生するから、僕達が住みやすい世界にする為に大多数を狩るらしい。


 狩られた身体は他の人に送り付けて、お師匠様は特別に首だけ持って来られる決まりなんだという。見たくはないけど、いずれは嫌でもお師匠様の為にスープを作ることになるんだ、レシピも必要だけど、見て覚えるのも大事なことだし仕方ない。


いか、この前は全てを教えられなかったが…観察する事を忘れないように」


「はい」


「まずは形を確認する、それから肌の色だ。眼の虹彩の色と髪の色を見て、バランスがとれているか確認しろ」


「はい」


「ここからが重要だ」


 テーブルの上にドーンと置かれているのは、お師匠様が狩りとってきた山積みの人間の頭部。その中の一つを鷲掴みにして僕に近づけてきて、聞いただけだと分かりにくい所を、こうして目の前で視界いっぱいの至近距離の状態で説明されると、ちょっと眩暈めまいがしてきた。


(いま僕は、泣きそうです…お師匠様…)


「よーく眼を見てごらん、模様が見えるかい?この模様と眼の形、そして色を吟味ぎんみして、満足ゆくまでを楽しむ。時間は首を狩ってから20分まで、そのあとは肌も髪も血の香りも劣化してくる、美しい虹彩もにごってくる。その前に眼だけはくり抜き、色が濁らぬ様に魔法を施す、これを忘れるな。他はスープの出汁だしにして、とろけるまで煮込み、目は飾りにしてスープの上に乗せる」


「……はぃ…」


 鷲掴んでいる頭部の隣に顔を寄せて、細い指で眼の形を確かめながら、うっとりとした表情を浮かべている。眼にこだわるお師匠様のほうが断然美しいんだけど、ソレとコレとは別らしい。その眼は、金色よりさらに深い金色…まるで炎が揺れている様な、お師匠様の眼は、妖艶で危うい色香と狂気に満ち溢れている。どんな眼よりも、僕はお師匠様の眼が美しいと思ってるけど、とにかく美味しいと感じてもらえるようなスープが作れるように、慣れるしかないと思った。

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