Heavy rain / above your head

汎野 曜

1. 夢

 そこに在った夢の話をしよう。

 今日の明け方の事だったと思う。"Heavy rain"と名乗る女性と私は話した。セミロングの黒髪が緩やかに揺れて、眠たそうに半開きになった眼の下には隈ができている。


 少し前にプレイしたゲームのヒロインにそっくりだと思っていた。

 彼女は微笑んだ。次の瞬間には私たちは小洒落た薄暗いカフェの一室に向かい合って座っている。私の目の前に座っているのは金髪を後ろで括り腰まで垂らした白人の美女だった。

「こっちの方が良いのかな」


 妙にスタイルがいい。

 私の願望が剥き出しになったような女性像だ、と思った。

 彼女は困ったように再度笑う。元の姿に戻った。

「君の思った通りになるんだよ、ここは君の世界」


 私は夢の中で、黒髪の女と話し続けた。

 僕たちの生活の事、世を騒がせる新型病原体、不安な将来、好きなアイドルは?好きな本は?やがて話題はそんな他愛もないものに移って行く。


 やがて終わり行く時代、やがて明け来る時代、私たちはやがて話し続けるうちに、どちらがどちらだったのか分からなくなった。

「わたしは君、君はわたし」


 ああそうか、と合点がいった。太古の昔に読んだ河合隼雄の分析心理学の本を思い出した。今私は「己のアニマ」と喋っているのだと思った。

「その通り、…まあ君が思ってるより私は君の中で自由なんだけど」

 不思議な事もあるものだと思ったけど、それが夢の中ならばそれはそれで間違いではないんだとも思った。


「間違いなどではないよ。私は君の中に確かに在る」

 彼女はゆっくりと言葉を開く、その表情にうっすらと影が重なる。

はいつだっての中に居る。が眠った隙に、カフェインが切れた隙に、息切れして考え続ける事ができなくなった隙に、いつだってを見つめている」


 薄暗い喫茶店が夕暮れに差し掛かり、しばらくすると電気が灯った。私たちの他に他に客の姿は無い。

は君の中で、君の感性、君の感情、君の弱さと強さ、君の視る世界を司っている。そういう風に君が決めているからね」


 恨みがましいような、安心したような、どちらとも付かぬ表情。私は彼女の事を純粋に美しいと思った。柔らかく黄色い人工の光の中で、私は彼女の顔を見つめた。

「そうやって見つめられるのは好きじゃないな」

 見つめるべきだと私は思った。こうして彼女と対話した事を言葉にすべきだと思った。


「書いてみるのは良い事かもしれないけど、に呑まれないようにね」

 そう悲しげに笑う。そういうならばそうなんだろうな、と思った。

 夢の中に現れた女性の姿は、ある意味では私の心が壊れかかっている事の証明なのかもしれないと思った。


 凍ったように悲しげな表情で笑い続ける女の姿を見て、私はどうにもいたたまれなくなって、席を立った。

「じゃあね」

 私は別れを告げる彼女に手を振り返す事ができなかった。


 いつかどこかで見たような喫茶店の扉を開く。

 夕暮れだったはずの世界は急に明るくなり、そして私は目を覚ました。


 先週土曜出勤したから、本日月曜日は代休を頂いたんだった。

 眠りながら涙を流していた。明るくなった窓の外を布団の中から見つめて、静かになった世界を想って、そんな事をぼんやりと考えた。

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