backstage:色遊び
開花《いちか》
——あたしは、あなたに————、好きと伝えたい。
*
*
*
ジジ——と。夜空にノイズが混じって、喧騒が遠ざかる。
小さい頃、あたしの世界は白黒だった。お父さんとお母さんとお姉ちゃんと萌くん。色がついているのは四人だけ。それで満足していた。
でも、五人目のあの子が現れて違うって思った。最初は絵の具を垂らすようにぽつぽつと。それはどんどん人の形をして繋がっていって——、いつしか今のあたしができた。自分で筆を持てるようになって。好きに色をつけて。
——あの日、さっちゃんが見つけてくれたから。りっちゃんと出会えたから。
覗き込んだファインダーの彼方のせんぱいは、お姉ちゃんと夢中で話している。頬を明るく染めて、心の底から幸せそうに。そんな微笑ましい一コマを、心が受け入れてくれない。
被写界深度が浅くなって、二人の姿だけがくっきり映っている。
『恋人に、なったよ』
どうしてもつっかえる。水の中に沈められたように息が苦しい。
それは、私の心の中で満ち潮のように水かさを増していく。
——咲いちゃいけない。
————咲いていることに、気付いちゃいけない。
——————咲いていることに、気付かれちゃいけない。
この想いに名前を付けてしまったら何かが壊れると思った。
だから、せめて潮が引くまで誰にも見つからないように、一人、膝を抱えてうずくまる。大丈夫、お祭りが終わったら元通りのあたし。
なのに——、せんぱいはあたしの目の前にいる。
ずきりと心臓が跳ねて、あたしはそれを捉えてしまう。見えないふりをしていたのに、パンフォーカスで全景を写しとってしまう。
抱きしめられても、触れられても、絶対に覗かせなかった胸の奥底。
葛藤は雨になって溜まっていく。せっかく潮が引いたと思ったそばから。次々に降る雨があちこちで波紋を起こして、それが大きく水面を揺らす。水かさはさっきよりも急激に増していって、すぐに臨界点を越えた。
浴衣の朝顔にぽたぽたと、止めどなく水滴が溢れる。
その気持ちについた名前は、恋。
一度咲いてしまったそれは、水面を押しのけるように次々と開花していって、あたしの色を塗り替えていく。あるいはただ、下地の色をあぶり出しているだけかもしれない。
*
*
*
あたしは、せんぱいのことが——、
初めて桜の園で笑い合ったあの日から——、
どうしようもなく好きなんだ。
***続く***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます