piece #2


   ***凛咲***




「なんかビビッとくるもの、ないですかねー?」


 西陽の差し込む商店街の小さな雑貨屋。ちーちゃんはインコの置き物を棚に戻しつつ、さえずるように囁く。


 今日の放課後ウォーカーのミッションはずばり『プレゼント選び』である。

 五月十九日、土曜の日暮れ前。もはや学校も部活もちっとも関係ないけれど、その活動は私にとって最重要事項だった。なんせそれは、明日先輩に贈る物なのだから。


 雑貨屋『ハチクマ』は、大和市駅前通り商店街の一角にある小さなお店である。デフォルメされた熊が蜂蜜を舐めていて、それを囲むように蜜蜂が輪を作っているという、コミカルともダークとも言い難いような看板が目印だ。

 しかし、由来を聞いてみると意外にも渡り鳥の名前らしい。私はその話を、ツーブロックの長いブロンドヘアを三つ編みにした店長の後藤さんから聞いている。


「蜂を食べちまうんだ。天敵さね」


 後藤さんは片目をつぶってじろりと私を見据える。その射抜くような視線に、思わず顔が引きつる。さすがは自称、大和市筆頭レディース(元)ツートップの一角。風格からして違う。というか、この商店街の女の人はちょっと強面な人が多いと思う。いや、睦月さんも男の人だけど負けてないな……。


「へ、へぇ——。怖い、鳥なんですね……」


「意外に可愛い眼をしてるんだよ。夏はロシアで、冬はインド。生態のシルクロードなんて言ったら聞こえがいいかね」


 ——おや、まぁ。それはとても麗しい響きだ。

 後藤さんなりの比喩だったのかは計り知れないけど、このお店には古今東西様々な雑貨が揃っていた。入り口で可愛らしいマトリョシカに出迎えられたと思ったら、その隣にはインド象の結構大きな置き物があって、さらにその足元には星条旗を掲げたオルゴールが陳列されている。国内、海外問わず旅行好きな先輩へのプレゼントを探すにはうってつけの場所だ。


 さてと、お会計はしめて九千と九百九十九円——、一円のお釣りだ。

 ——気に入ってもらえるといいな。


 ほんわりと温かな気持ちで後藤さんと話していると、奥の方でアクセサリーを物色していたちーちゃんが抱きついてくる。手には大ぶりのイヤリング。透かしのあるエスニック柄をあしらったゴールドのリングに、赤い珊瑚のフープのついた見目鮮やかな意匠だ。きっと先輩に似合う。


「せんぱいは決めたの?」


「うん」


「何にしたんですか〜?」


「うーん、ヒミツかなぁ」


「いじわるだぁ」


 ちーちゃんは、私のブラウスの上に重ねて着たキャミソールを引っ張ってくる。つむじからあらぬ方向に生えた髪が一房、ぴょんぴょん跳ねる。朝、どうしても寝癖が直らなかったらしい。


 この買い物も含めて、明日のイベントはちーちゃんと私だけの内緒にしている。もう一人の招待客である萌黄くんには、ちーちゃんから「明日一日空けておくように」とだけ伝えてある。察しのいい彼女だから、多分この企みには勘づいていると思う。

 ——でも、相手はあの先輩だ。

 彼女が私たちの動向を気取って、自分の誕生日に結びつけでもしたら、即座に全てが終わってしまう。そうなれば最悪、思いもしない仕掛けで出し抜かれる可能性すらある。ちーちゃんが言うには「萌くんはお姉ちゃんに隠し事ができない」そうなので、萌黄くんには悪いけれど、今回は仲間外れだ。




 雑貨屋『ハチクマ』の両開きの押し扉を片側ずつ押して出る。

 ちーちゃんは待ち構えていたように、私を見上げて、L字を作った両手でカメラに収める真似をする。


「さぁ、せんぱい。時間ですよ?」


「う、うん」


 私はスマートフォンのアドレス帳から宮古初香——先輩の名前を選ぶ。ワンコールですぐに繋がる。


「——せ、先輩ですか?」


「そうだよー。久しぶりね。今日はいちかとお出かけ?」


 電話口の先輩は、あの夜と変わらない、広い海を思わせる寛大な口調だった。とりあえず悪い印象を持たれていないと信じることにしよう。そうでもしないと、この先の言葉が続けられない。


「はい。ちーちゃん、お借りしてます」


「後で返しに来なさいよぉ?」


「どうしましょう……。私の妹にしちゃうかもですよ」


 よし、自然に軽口を叩けてる。

 深呼吸を一つ。鳩尾がじくじく痛むけど、ちーちゃんが手を繋いでくれたから大丈夫。


「で、あの——明日なんですけど、予定空いてますか?」


 先輩の予定が幸運にも空いているのは、ちーちゃん経由で事前リサーチ済み。そのへんは抜かりない。今この時だけは、自分の神経質な性格に感謝だ。


「空いてるけど、りさちゃんからお誘いなんて珍しいわね」


「——よかった。朝十時に駅前広場で待ち合わせしましょう。でっかいユリノキが目印のっ」


「車出そうか?」


「いえ。————デートっぽい待ち合わせ、したいですから」


「うん——、わかった」


 先輩との通話を切る。でも、私たちの心は明日の約束を介して繋がっているようで、耳のあたりに熱っぽい鼓動を感じる。


「ねぇ、ちーちゃん」


「なんですか?」


 ——だから、打ち明けたいと思った。誰よりも先に、この少女に。


「私、先輩が好きなんだ。恋人になりたいと、思ってる」


「ん————と、うん」


 少女は一瞬眼を丸くする。

 ——引かれたかな。

 それはそうだ。相手は女の子で、しかも自分のお姉さんである。何も聞いてこない彼女に甘えて、あの絵以外に先輩との接点を話したことはない。かといって、先輩から事情を聞いた節も見受けられない。


「こんな私でも、応援してくれるかな……?」


 ぎこちない間が訪れる。そしてようやく、私は認識する。彼女にノーと言われるのは、先輩本人に振られるのと同じくらい、苦しいんだ。

 でも、そんな心配は杞憂だったようで、ちーちゃんはすぐに、いつものへらへらっとした微笑みを浮かべる。


「もちろん。せんぱいだったら安心です」


 ちーちゃんは髪が乱れるのも厭わずに、私の胸元に頭の先を突きつける。少女の両の手のひらが私の腰に回される。


「——だって、せんぱいは、こんなにキレイなんですからっ」


 そう言って、顔を振り上げたちーちゃんは、にこっと笑い、私の背中を押すようにガッツポーズを作って見せた。


 ——そんな彼女だから、私は————、

 小さく、そして力の限りガッツポーズを返した。




   *

   *

   *




 五月二十日 午前六時十二分。


 小さな電子音で目が覚めた。


「んん————?」


 枕元のスマートフォンを手に取る。現在時刻は、アラームを設定した時刻よりちょっと早い。でも、その下の通知を見て、滝の上から氷水に叩き落とされたかのように一瞬で覚醒した。


 ——生放送:これからお姉ちゃんのおはようを阻止します。


 あれだけ念入りに準備を手伝ってくれたちーちゃんから送られてきた、まさかの裏切りとも取れる一文。私はその文字列を、おそるおそる指でタップした。




   ***続く***

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