interlude:宮古いちかについて

写真《おもい》


 一目で、あの子だと直感した。


 きっかけは一枚の大きなキャンバスだった。

 絵の中心に大きく描かれているのは見事に咲き誇る桜の樹だ。その懐には少女が一人。桜の幹に背中を預け、舞い上がる黒髪を押さえて立っている。彼女とその周囲の景色を包み込むように舞い踊る花弁が幻想的なまでに綺麗だった。


『どう? いい絵でしょ。一年の子が描いてくれたのよ』


 お姉ちゃんの声がやけに遠く感じた。


『うん、すごい。すごく——素敵』


 呟いた自分の声すらも、仕切りの向こうから聞こえてくるようだった。

 キャンバスの中には、誰よりもよく知っている人の、見た事のない表情があった。生き生きとした表情には、自分の進む道を一片も疑わない芯の強さが垣間見える。それはあたしが共に歩いてきたお姉ちゃんの姿そのもの。

 でも————満ち溢れる自信の下に、儚げな感情の色を見つけて胸が高鳴った。それもやっぱりお姉ちゃんの本質だということを信じさせる説得力をもって切に訴えかけてくる。

 なぜだか胸にぽつりと、絵の具が一滴、落ちたような気がした。


『こっちの姉ちゃんより綺麗なんじゃないの? なぁ、ちー?』


 萌くんがあたしの肩をつついて何か耳打ちしてきたけど、頭に入ってこなかった。


『——うん。そうだね』


『モエ、あとで覚えてな』


『やべ……。違うって誤解だよ、姉ちゃん』


 視線は絵の中に釘付けになったまま、声も出せずに見惚れていた。

 タイトルは——『先輩』。たったの二文字に込められた意味を、一枚の絵が余すことなく表現していた。


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 —————波多野英知プレゼンツ—————

 ——東京都全国高校生水彩画コンクール——

 ——————風景画部門 金賞——————

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 ————————『先輩』————————

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 ————————河内凛咲————————

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 プレートに刻まれた文字は、この絵の評価を雄弁に物語る。自分以外にもたくさんの人がこの子の絵を気に入ったんだという事実が、より一層嬉しかった。

 そして、確信した。これは、ただの『風景画』じゃないんだと。キャンバス全体にしたら一割くらいの面積に満たない『先輩』への身を切るような想い——、あたしの胸に渦巻くこの感情の源泉はきっとそこにあると。




   *

   *

   *




 今頃になって自覚した。あの瞬間から、もう始まっていたんだ。


 最初に桜の園でせんぱいを見つけたとき、思わずシャッターを切ってしまった。プリントしたものの、彼女には隠しているショット。桜の雨に打たれて。その、泣き出す寸前のような少女の心象は——龍さんの写真集『love let’ter』にあった一枚——『コイゴコロ』のそれを彷彿とさせた。


 バスルームの天井に立ち込める湯気に向かって、ぽつりと呟く。


 ——あたしは、あなたに————、


 決して届くことのない、その一言を。




   ***続く***

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