interlude:スプリング・アートの惨劇

視研《きけん》


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 私立橘高等学校 部活動規則


 本校における部活動とは、以下の規則に適合する組織である。


  一、活動目的が明確に定まっていること

  二、本校生徒五名以上が在籍し活動していること

  三、本校教師一名以上を顧問としていること


 【審査】

  ・半期毎に審査を実施する。

  ・上記の規則を満たさない部は同好会に格下げとする。

 【部活動の結成】

  ・部活動を結成する場合は、まず同好会を結成するものとする。

  ・同好会を結成する場合は、明確な活動目的を提示し認可を得る。

  ・同好会は三ヶ月以内に活動実績を規定の書式にて提示する。

   提示がない場合、解散とみなす。

  ・以上をもとに、生徒会の決議と予算可決をもって部として認可する。

 【部員の条件】

  ・三回/週以上活動に出席している。

  ・定期考査の成績不振者に該当した回数が二回未満である。


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「うーん……」


 さて、本格的に困ったことになった。

 旧校舎の美術室。アタシは左手の部員名簿と右手の予算申請書類、そして机の上の部活動規則を交互に見比べてみる。

 今日は四月二十日——新入生の入部一次希望の締め切り日。その放課後だ。


「ここの造形が甘くない?」


 勧誘には未だかつて全くもって成功しない。


「分かってないな、櫻井。だからこそ、このプリチーな膝が引き立つんじゃないか」


 生徒会を通してウチに入部希望が出されたという前情報もない。


「お前こそ馬鹿なこと言うなよ。一番の見所はこの精巧に再現された爪だろ」


 謹慎中にも関わらず、背後ではバカ二人が相変わらずバカなことを言い合っている。

 二人の間にある机には、1/8スケールの美少女フィギュアが鎮座している。


 ——うぬぬ……ぅぅぅ。


「ナニ唸ってるんすか。怖いですよ」

 

「いやいや、キミたちちゃんと理解してます?」


 視覚芸術研究部——『シケン』きっての一大事。今まさに現在進行形で存続の危機なのだ。


 顧問は問題ないとして、問題は部員だ。部員が四人以下になると、晴れて同好会へ格下げになる。部長の羽賀くんと副部長のアタシ、それにこのバカ二人で四人。

 実はあと一人部員がいるんだけど——、その子は訳あって幽霊状態だ。各部に認められる裁量権が大きい代わりに、『部員』の条件も厳しい。然り、週三日以上活動している本校生徒であること。つまり、幽霊部員はカウントされない。

 総合すると、最低でもあと一人は部員を増やさなければならないことになる。ならば、とっくに別の部活に所属している二、三年生を勧誘するより、新入生に狙いを定めたほうが確実だろう。もちろん今年の勧誘は気合を入れて準備をした。

 そこまでは良かったのに——、


 去る入学式の日、シケンは校庭の一角を借りてリアルタイム・アートを開催した。現役部員たちが絵と彫像を制作する生の現場を、新入生に披露する催しだ。制作はこの二人——斉木と櫻井が担当していた。斉木はイラスト、櫻井は彫刻が得意分野である。

 出だしはなかなか好評だった。なんせ、五百号——約二メートル×三メートル——のキャンバスと二メートルオーバーの木彫りだ。目立ちに目立って、生徒たちが集まってきた。

 しかし、予想を超える集客を前に調子に乗った二人は、あろうことか『芸術談義』を始めた。少女漫画家・橘きあとミケランジェロを同じ土俵に乗せて、今のようにやいのやいのと騒ぎ出したのだ。すでに引き気味の一年生たちには目もくれず、ヒートアップした二人は取っ組み合いのケンカになり、展示物をはり倒して切った張ったの大騒動だ。

 他の部活までも巻き込んでのパニックを鎮めたのは、卒業した先輩だった。


 当たり前だけれど、それ以来、うちは新入生から『キケンな部活』認定されてしまった。思い出す今朝の出来事。シケンに勧誘したときの反応が、もう完全に徹底的にイロモノを見る目だった。新学期早々にアタシまで汚された気分で、ちょっぴり悲しかった。


 ——あの子に頼るっきゃないかなぁ……。


 来たがらない理由にも思い当たるだけに、ちょっと言い出し辛い。


 そうは言っても、背に腹は替えられないのだって事実だ。

 宮古先輩から託されたこの部を、アタシの代で落とす訳にはいかない。そのためには、なんとしても新入部員に入ってもらう必要がある。それも、今年度の補正予算が決まる四月中に。


 シケンの幽霊は図書室に入り浸りで、今や『令嬢』とまで囁かれている。しかし本来、責任感は強い子なのだ。去年の夏頃まで生徒会役員を務めていたが、抜群の記憶力で全校生徒の顔と名前とクラス、所属する部活動まで暗記していた。彼女のことだから、生徒会書記の親友である詩織ちゃんのために今年の新入生も一通り覚えているだろう。

 彼女の美点を利用するようで気が引けるけど——、


 こんな時でも胸ぐらを掴み合っているバカ二人はマジで頼りにできないし……。


 意を決してスマートフォンを握りしめたその時、開けるのにちょっとコツのいる気難しい扉が、勢いよく開いた。




   ***続く***

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