interlude:河内咲季について

白窓 #1


 簡素な病室だ。ベッドの周りに、バイタルセンサーの小さなモニターと点滴が置いてあるだけ。物音ひとつない白い空間は、まるで時が止まったかのよう。

 その中で、妹の咲季は、リラックスした顔で眠っている。


「咲季、おはよう。凛咲だよ」


 枕もとに顔を寄せて、挨拶をする。当然だけど応えはない。


 窓辺に置かれた口の細い透明なガラスの花瓶を手に取る。前回生けた一輪のマーガレットはもうダメかと思っていたけど、予想外に元気だった。看護士さんが水を入れ替えてくれたんだろうか。

 持ってきたミニブーケの包みを開ける。一輪のネモフィラの切り花。花瓶の水を入れ替えて浅く張り、マーガレットとネモフィラを並べて生ける。白と青の可憐なコントラストを見ると、にわかに気持ちが浮き立ってくる。


 いつもの決まりきった作業を終えたら、後は二人で自由に話をする時間だ。


 ベッドサイドにあるパイプ椅子に腰掛けて、彼女に語りかける。


「ちーちゃんはシケンに入ったかな」


「色んなことができちゃうのにね。だから、部活選びに悩んじゃうのかなぁ」


 入学したての私には美術部以外の選択肢は見えなかった。

 だからという訳じゃないけど、あの子が考えていることには興味がある。もしかしたら、教えてもらっても、さっぱり共感できないかもしれないけれど。それでも、『楽しい』を探すお手伝いができたなら、私にとって嬉しいことなんだと思う。


「ねぇ、聞いて。あの子には、素敵な王子様がいるの。萌黄くんって言うんだけど。従姉妹で、幼馴染で、ちーちゃんのことをとっても大事にしてる子」


「二人一緒に入ってくれたらいいな」


 そうしたら、先輩も満更じゃない気持ちになるだろう。

 だってあそこは——、先輩が持てる実権を全て振るって作ってくれた、私たち二人の理想郷————になるはずだった場所だ。




   ***続く***

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