film #4


 橘高校全体が今、熱気に満ち溢れている。

 それは、この体育館も例外ではない。私はその熱気を肌で感じていた。


 全校生徒、既に放課となっているのだが、なんらかの部に所属している生徒は皆、それぞれの活動に精を出している。先程見回った文化部もそうだった。彼ら彼女らの多くが新人獲得を狙っている。

 つまり、只今、全ての部活動が挙って勧誘活動の真っ最中というわけだ。

 もちろん、これからの青春時代を共有する仲間を見つける、というのが大方の目的だ。

 その一方で、背に腹は代えられぬ裏事情というのもある。年度頭に増減した人数によって、部活動費に少なからず補正予算が組まれるのだ。備品の消耗が激しい運動部や、元々の規模が小さい部などにとっては、死活問題と言える。


 そして、部活動が活発な時期は、概して生徒会も忙しくなる。

 ここ橘高校では、部活動の管理は生徒会に一任されている。特に学園祭や、新入生歓迎の時期はお祭り騒ぎになること必至で、揉め事や校則違反も発生し易くなる。生徒会の自治力が問われるわけだ。


 今、私が体育館へ向かう渡り廊下を歩いているのも、その見回りの手伝いである。

 別に手伝うことに不満はない。

 ——ただ、先輩が目の前にいること以外は。


 そのとき、男子生徒の興奮した声が聞こえてきた。


「来てみろよー! 女バスの方、なんか面白いことになってるぞ」

「新聞部号外——『新入生対二年生 灼熱の刻』だって」

「ねえねえ、どっちが勝ってるの?」


 ギャラリーが体育館の入り口に群がっている。衆目の先は、女子バスケ部か。


「やばっ。りさちゃん、走るわよ」


「え——、ちょ……」


 袖をぐいぐいと引っ張られ、ばたばたと駆け足になって付いていく。

 人混みを掻き分け体育館の中に。パイプ椅子が並ぶ観客席が、コートをぐるりと囲むように設置されていた。

 先輩が目敏く見つけた席に滑り込む。

 話題を聞きつけた生徒たちが集まり、座席は埋まりつつあった。


「よーく見ててね」


「————?」


 先輩から抹茶大福を受け取りつつ、コートを覗き込むと、ユニフォームを着た十人の中にいくつか見知った顔があった。

 その中の一人に釘付けになる。


 ——あの子は、朝の……いちかちゃん?


 スコアボードの数字は『46 − 49』。第三クォータに入ってから、丁度三分が経過したところだった。

 髪を一本に結わえたいちかちゃんが、ゴールに向かって疾走していく。今なら独走状態だ。


「はいはーい! こっち!」


 左手を上げてボールを呼び、左サイドからの速攻が決まった。スコアボードが躊躇いがちにめくられる。

 彼女のチームに得点が入り——『46 − 51』。つまり新入生たちがリードしている。


「うそ……」


 コートの外、センターライン付近に立っているマネージャーの子が絶句した。

 橘高校女子バスケットボール部といえば、インターハイにも出場した実績を持つ強豪である。コート上にいる現部員の体操着のラインは青藍色——つまり、全員二年生。そこには大会経験者である吉谷さんも含まれていた。部外者から見ても手を抜いていないのが分かる。

 にも関わらず——、


「いいぞー! いちかー!」


 彼女の友人だろうか。甲高い声援が上がる。


 つい、いちかちゃんを目で追ってしまう。

 新入生チームの中心にいるのは、間違いなく彼女だった。

 素人目に見て、個人技は取り立てて上手い訳ではないと思う。事実、ミドルレンジのシュートを何本か外しているし、ワン・オン・ワンで競り負けることも一度や二度ではない。それでも周囲に期待を持たせるなにかを、彼女は持っていた。

 まず目についたのはスタミナ。攻めに守りにと、常に動き回っているはずなのに、まるで疲れた様子が無い。むしろ、彼女をマークしている二年生が這々の体だ。


 そしてなにより、場の観察力が飛び抜けている。


 一年生のセンターが、マークをくぐり抜けシュートレンジに入った。その子がボールを呼ぶ前に、いちかちゃんはパスの予備動作に入っている。パスコースが多少甘かろうと関係ない。ディフェンスが反応する頃にはボールは届いているのだから。シュートが決まり——『50 − 53』。


「いぇーい! 朋美ちゃん、ナイスシュート!」


「宮古のおかげ!」


 いちかちゃんとセンターの子がハイタッチを交わす。右手を軽く上げただけの朋美さんに対して、いちかちゃんは手をいっぱいに伸ばして跳び上がるという、なんとも非対称なタッチ。

 他の三人にも声を掛けられつつ、ディフェンスに戻っていく。急造のチームとは思えない程、メンバーの心が纏まっている様子だ。


 ——なんて楽しそうにプレーするんだろう。

 その表情に、一番驚く。


 二年生の二人が巧みな連携でいちかちゃんを抜いて——スコアは『52 - 53』になった。

 吉谷さんが息を切らしつつ、勝ち誇るような笑みを浮かべる。


「悪いけど、逆転させてもらうよ。宮古」


「いーえっ! 勝つのはうちです!」


 あと一本で逆転という状況にあっても、少女は笑顔を絶やさない。それどころか、相手の挑発的な発言すらも楽しんでいるようだ。

 それに感化されてか、彼女に名指しで挑戦状を叩きつけた吉谷さんたちも、のびのびプレーしている。少なくとも、一年生にリードを許しているこの状況で、先輩としての面子に拘っている選手は、いない。

 コートに流れる程よい緊張感。それは、観客すら引き込んでいる。


「いいぞー! 一年」

「いやいや、負けるな! 二年」


 味方も敵も観衆も、誰もが知らず知らずに影響を受けている。

 スローインからいちかちゃんにボールが渡る。さあ、次はどんな絵を見せてくれるのか。

 ——私は、いつの間にか目が離せなくなっていた。


 しかし意に反して、少女は動かない。センターラインの手前から、相手のゴールを見つめるばかりだ。

 そして、たっぷり一秒後。その場から渾身の両手投げを放ち——、見事に決めて見せた。

 にわかに静まる体育館の中——、


 第三クォーター終了のブザーが鳴り響いた。




   ***続く***

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